MOTとは?技術経営の必要性 ~イノベーションの手段としての例、人材育成など~

研究開発

2019年07月05日(金)掲載

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 近年、技術経営(MOT:Management of Technology)視点での取り組みが、企業の成長戦略にとって極めて重要であることが認識されるようになってきました。しかしながら、MOTについて感覚的には理解できていても、論理的になぜ必要なのか? どのようにすればよいか? などといった具体化レベルで率直な疑問もあるのではないかと思われます。

 では、私たち個人や企業、そして世の中全体を取り巻く環境はどのような状況でしょうか。現在、デジタル化(IT化)とグローバル化の進展によって、開発した技術や製品がすぐにコモディティー化してしまう時代となってきています。技術とマーケットの変化のスピードは予想以上のものとなり、ついていけずに苦悩する企業が数多く存在しています。加えて、欧米やアジア諸国では、格差社会の広がり、高い失業率、深刻な少子高齢化などの影響で、企業はこれまでのやり方では成長軌道が描きづらい状況となってきています。

 こうした世界経済の停滞や不確実性、社会の閉塞感などが漂う中であるからこそ、新たな成長エンジンとしてイノベーションがあらゆる場面で強く望まれているのです。このイノベーションを起こすために必要かつ有効な手段として、MOTを位置づけることができると思います。MOTは技術をベースにして研究開発の成果を効率よく商品・事業に結び付ける実践的なツールです。企業の成長や発展に役立つことはもとより、個々の技術者、研究者、起業家の夢を実現するヒントや方法論なども与えるものとなります。

MOT的な視点に至るイノベーションの考え方の歩み

 イノベーションという言葉の起源は、ヨーゼフ・シュンペーターが著した「経済発展の理論」(1912)の中に記述されている「経済発展の原動力は新結合(=イノベーション)にある」という概念によるものです。“イノベーションを起こす”とは、既存社会の中に新しい技術・新しいやり方を組み込む“創造的破壊”により社会や経済が発展していくというものです。彼の概念はピーター・ドラッカーなどの経営学者たちに引き継がれ、ブラッシュアップされていきます。ドラッカーによれば、「未来を予測する方法は、未来を自らつくりだすことだ」と語っており、これは非常に的を射た名言としてよく知られています。彼を含め多くの学者、識者、技術者たちによりイノベーションの概念に具体的事例や理論が導入され、体系化されました。これを集大成したものが、MOTという実践的なツール、方法論です。

 欧米では1980~90年代から、MOTの重要性を特に認識した施策(教育、実践)に取り組みました。それまでのプロセスイノベーション(単なる品質重視とコストダウン競争)のみの視点から脱皮し、プロダクトイノベーション(何を創りどのように付加価値をつけるか)への軸足転換を目指して発展してきました。こうした技術開発とビジネスルール作りに力を集中した結果、世界全体では多くの優良企業が台頭し、GAFA(※1)に象徴されるような新興巨大企業を生み出してきています。
(※1)グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コム

 しかしながら、我が国では欧米に遅れること15~20年、2000年以降になり、ようやくその重要性が認識されるようになり、企業戦略や国策としての取り組みを始めているところです。まさに“平成の失われた30年”が経過してしまった今、これから先の令和の時代が我が国の本当の正念場と言えるでしょう。

事業創出に向けたMOT導入のポイント 

 MOTといってもその内容は多岐にわたっています。そこで、事業創出のための4つのステージとの関連性から整理してみましょう。4つのステージを時系列的に整理すると、「研究」→「開発」→「事業化」→「産業化」となります。各ステージを乗り越えるにはそれぞれの間(→)に障壁があり、順に「魔の川」、「死の谷」、「ダーウィンの海」が横たわっているという関係で示されます。

 「研究」を進めて技術シーズを市場ニーズに結び付け、具体的な商品ターゲット製品を構想できなければ「開発」ステージに進めず、「魔の川」に落ち込みます。「開発」ステージに進んだものを製品として仕上げ、適切な経営資源を配分し、製造・販売して売上までつなげられなければ「死の谷」に落ち込み、「事業化」ステージには至りません。「事業化」(商品化)を成功させるためには、競争優位性を構築し、多くのライバル企業と生き残り競争に勝つことが必要であり、これが実現できなければ「産業化」ステージには到達できず、「ダーウィンの海」に没することになります。新規事業創出の成功確率が「千三つ」といわれる所以は、このプロセスの困難さに示されていると思います。各障壁を乗り越えていく不確実性の中で、いかに成功への確度を上げていくか、その方法論となるのがMOTであり、MOTによるマネージが必要とされる領域です。

 では、いかにしてMOTの視点を導入すべきか? が現実の課題です。それには、MOTをまずは体系的に世の中の具体事例と共に学びつつ、それを実際に適用して経験を積み上げることに尽きます。そうした人材の育成と組織のシステム化がポイントです。人材育成というと座学をイメージする人も多いかもしれませんが、それは必ずしも正確ではありません。

 よく知られている人材育成の公式(※2)「70:20:10」によれば、「個人の能力開発の70%は実際の生活経験や職業上の経験、仕事上の課題と問題解決によって発生する」とあります。
(※2)USロミンガー社:マイケル・ロンバルト、ロバート・アイチンガー。20%はロールモデルによる対人学習、10%は研修などのフォーマルトレーニング。

 そうであれば、そうした良い業務経験を積む機会として、個々のプロジェクト(もしくは、技術戦略専門チーム)に、ポジションを含めて決定権限と責任を一定の制約範囲の中で全て委譲することが近道です。リーダーを中心にMOTを学習しながら実際の事業創出の考え方に適用して議論し、具体的な戦略を立案、実践することが、組織の中にMOT視点を根付かせる最も有効な手段となると思います。もちろん、MOTマネジメントの経験者がアドバイザーとして参画することも必要な選択肢であることは付け加えておきます。

MOT活用の実際

 経営戦略の進め方として、「選択と集中」という施策がよく用いられます。「選択と集中」とは、得意な事業に経営資源を集中させて経営効率を上げて業績アップを狙うというものです。GEのジャック・ウェルチ氏が1980年代に提唱し実践したもので、日本でも「選択と集中」を実践した企業として成功事例や失敗事例を目にする機会も多いでしょう。例えば富士フイルムでは、一部「選択と集中」戦略を実践しつつも、併行して「多角化」を進め、アナログからデジタルへの大転換時代を乗り切りました。これは、MOT視点でみるとどういうことなのでしょうか?

 富士フイルムの場合、まずは不採算事業として市場が急激に縮小したアナログ写真事業は大幅なリストラを遂行せざるを得ませんでした。しかし、この時期にR&D部門では「自社の強みは何か?」を具体的に把握するために、「技術の棚卸」という検討を進めました。これによって、競争力の源泉となるコア技術と基盤技術を抽出し、独自の強み技術からなる製品・事業は当面厳しい分野であっても守り育てる方針を貫きました。結果、全社テーマポートフォリオを見直すプロセスを経て、技術開発と市場開拓を進め、多くの新規事業を創出しました。写真用支持体技術からフラットパネルディスプレイ用光学フィルム事業、銀塩写真技術から化粧品・サプリ事業、タッチパネル用透明導電フィルム事業、インスタント写真(チェキ)事業、磁気材料技術からデータストレージテープ事業、MEMS技術から産業用インクジェット印刷システム事業などへの展開が具体例として挙げられます。

 いずれのケースでも、既存技術/既存市場から新たな隣接領域への浸み出しを企画した、MOT視点のマネジメント成果によるものです。また、日常的な新規テーマ創出活動、独自ステージゲートシステム、ビジネスモデルアイデア創出、技術者マーケティング活動、オープンイノベーション強化などの施策も、MOTの基本となるマネジメントツールに従って強化・推進したことが重要なポイントとして挙げられると思います。

あらためて技術経営(MOT)とは?

 あらためて技術経営(MOT)とは、不確定な未来の事業開拓に対して、いかにリスクを低減し成功確率を高めるかをマネジメントするための方法論です。現実に起こるさまざまな出来事には、予想外の事柄(障壁)がたくさん待ち構えており、必ずしもうまくいくとは限りません。そうしたときに、基本的な考え方、進め方、ステップを示す道しるべがMOTと言えます。ものづくりに関わる全てのメンバーが、立場を超えて共通の認識に立ち、自信を持って判断し遂行していくために、MOTは極めて有用な活用ツールと位置づけられます。

※記事は執筆者個人の見解であり、パーソルキャリア株式会社の公式見解を示すものではありません

ライター鷲巣 信太郎氏

1984年に富士写真フイルム株式会社(現・富士フイルム株式会社)に入社し、新規技術開発研究室長、新規事業開発本部技術部長、R&D統括本部技術戦略部統括マネジャーを歴任。2015年に富士フイルム株式会社を定年退職し、現在はコンサルティング業務に従事。

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