今後のESG投資への予測~国際監査基準・KAMへの対応について

法務/ガバナンス

2019年10月17日(木)掲載

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近年、運用の際に環境・社会・ガバナンス(企業統治)といった非財務情報を考慮する「ESG 投資」がグローバルに拡大しています。前回、投資家目線から、日本企業の置かれている状況や取り組む意義、改善点などに関する私見を述べさせていただきました。今回は、ESG投資に関する今後の予測についてお伝えします。

上場企業を評価する各種基準は更に基準の強化が進行しています。国連責任投資原則(PRI)は2019年2月19日、署名機関の2020年の年次報告から、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)ガイドラインに沿った設問を導入し、回答を義務化すると発表しました。

2019年の年次報告までは任意回答でした。TCFDは全ての企業に対し、①2℃目標等の気候シナリオを用いて、②自社の気候関連リスク・機会を評価し、③経営戦略・リスク管理へ反映、④その財務上の影響を把握、開示することを求めています。

サステナビリティに関する企業報告の主要な枠組みをまとめ主導しているコーポレート・レポーティング・ダイアログ(CRD)があります。

2019年、2月28日CDP(Carbon Disclosure Project))、GRI(グローバル・レポーティング・イニシアチブ)、CDSB(気候関連情報開示基準審議会)、FASB(米国財務会計基準審議会)、IASB(国際会計基準審議会)、ISO(国際標準化機構)、SASB(米サステナビリティ会計審議会)、IIRC(国際統合報告評議会)の8団体による協働組織「Corporate Reporting Dialogue(CRD)」が取りまとめた、国連持続可能な開発目標(SDGs)の達成を支援するための企業報告フレームワークに関し、ポジションペーパー「立場・方針表明書」を発表しました。(国際統合報告評議会(IIRC)が主催)

またCRDは、7月にサステナビリティ報告の作成者が従うべき透明性と説明責任に関する7つの原則(重要性、完全性、正確性、バランス、明確性、比較可能性、信頼性)を相互確認したと発表しました。

今後この取り決めが、国連持続可能な開発目標(SDGs)の達成のための情報開示の中心となっていくと想定され、欧米中心の国際基準で企業選別が進んで行くことが明らかになっています。

監査報告書の透明化は避けて通れない

今後、自主的な判断による「重要性(Materiality)・明確性・信頼性等の情報開示」が、不十分であることを指摘される日本企業(評価される立場及びアセットオーナーとしての2つの立場にある)に対し、投資家(PRI署名社)、ステークホルダーが満足する基準に到達していくことを強く期待しています。

日本の監査基準は一般原則的な規定を金融庁が定め、実務的・詳細な規定は、日本公認会計士協会が定めています。本年、監査人の監査基準の改定により、上場企業には、金商法上の監査報告書に監査上の主要監査検討事項(KAM:Key Audit Matter)の記載が決定され、金商法に基づく有価証券報告書提出企業は、2021年3月期決算から義務付けされます。

KAMとは「財務諸表の監査過程で、監査役等と協議した事項の中で、職業的専門家として当該監査において特に重要と判断した事項」を意味します。但し監査人の監査意見ではなく、監査プロセスにおける情報提供であり、監査人意見とは区別される予定です。

監査役と監査人が協議した事項が記載されるため、グローバル基準に基づくリスク管理視点の導入となり、今後、監査報告書の充実と透明化を目的に監査情報の拡充が期待されます。

監査品質の向上にくわえ、リスクマネジメントの重要性への認識向上といった今まで記載されなかった情報開示による効果もあるでしょう。KAMは本来、欧州が先行導入、米国も同意済みとなっています。日本も導入を決定しましたが、グローバル比較の視点で見劣りしないこと、“実質的な監査機能”が働くことを切に願っています。

投資家からESG高評価企業とは

ここ数年でアクティブ運用会社は社内のESG体制の充実を図ってきていますが、世界的インデックス運用会社(S&P GlobalIndex- Trucost)、投信評価会社(Morningstar - Sustainalytics)、格付け会社(Moody's - Vigeo Eiris)、Proxy Voting会社(ISS-oekom)等も、ESGリサーチ専門会社を買収・提携を実行し調査・分析の強化を図っています。

投資を実行するプロセス・意思決定においてESGの分析・判断基準の深化が進んでいることは明白です。国際比較において、日本企業の評価が相対的に劣ると指摘を受けている点を幾つか挙げます。

① 経営陣の資質:取締役、社外取締役・監査役(本来の独立性、人数等)、女性取締役(数)、取締役会議長(社内出身、社外?)、報酬委員会・指名委員会(企業方針)、等全てのボードメンバーに関する役割、任命意義の開示
② リスクマネジメント:その対象リスト、方針・実情等の開示
③ 政治献金の開示・透明性:透明性の欠如、ロビー活動、政治献金等を通じた政策立案への関与、行動規範への違反、等の情報開示の強化が課題
④ 海外サプライチェーン:外国の労働法に基く労働環境への方針、取組み所謂S の実態開示
⑤ 環境:特に進出先海外における、水・廃棄物:水管理・排水処理・薬物使用と処理、原材料調達、廃棄物処理、リサイクルなどに関連し環境リスクや汚染への配慮方針と現状の開示
⑥ 環境:植林活動や寄付活動など、企業の経営戦略と直接関係のない寄付(フィランソロピー)などの開示はあっても、業務に直結するような環境保全や社会への配慮につながるような開示が全体的に少ない
⑦ 人権と地域社会:地域社会への取り組み. 所謂ステークホルダーへの取組み
⑧ 人事領域の課題:女性活用方針、人事評価上の自社内競争原理の制度、妥当性・公平性の開示が少ない。優秀な人材をひきつけるための取り組み、人材スキル開発、ダイバーシティの推進情報の開示。終身雇用など旧来の慣習が変化し、優秀な人材獲得の競争激化している環境下、この課題の重要性は高い
⑨ 日本企業特有の政策株式持合い、親子上場:この点における方針、数値を伴う効果の開示において、合理性、透明性の欠如

⑨の回答を見ていると「事業展開を維持するため」等の曖昧な理由が多数で、ほぼ全ての企業が定量的な保有効果の記載はありませんでした。

「営業機密に当たる等として効果は秘密」では、株主は納得しないと思います。そのような発表を行う組織的な倫理観、合理性、指導力、決定力で、「果たして継続的成長に向けた戦略決定と実行が可能なのか?」と、疑問を示されても不思議ではありません。

非財務情報の開示で期待される企業と投資家の対話促進

基本的に3~5年の社長・CEO在任期間において、持続的成長のための種の発掘・植え付け、マイルストン等の確立がなされていない場合、指名委員会は入れ替えの提案を客観的に行うことが望ましいと考えます。

なぜならこのことが為されていない場合は、3~5年の時間的価値を企業が失う事態になっている、つまり株主、従業員等ステークホルダーに対し付加価値の向上に資することが出来なかったことを意味するからです。

大事なことは上役に忖度するのではなく、“委員会の本来の独立性、合理性、論理性を実行すること“が求められる基準であるからです。

日本には、指名委員会等設置会社は未だ71社、上場企業の2%との新聞報道がありました。

会社法404条の規定では「株主総会に提出する取締役・会計参与の選任及び解任に関する議案の内容を決定する権限」が規定されています。指名委員会の役割は、現CEOではなく同委員会が後任を選任し、影響力を独立的に行使することが求められます。

CEOが、現体制・成長戦略に自信があるのであれば、クローバック条項(claw back:何らかの経営判断の誤りで損失計上、経営陣が関与する不正・不祥事等の発覚、MA等投資に伴う巨額損失や大幅な業績下方修正等の事例が発生した際に、支給済みの業績連動報酬を会社に強制返還させる仕組み)の導入は、むしろ「積極的になされるもの」と考えるのが透明性、合理性、客観性に資すると思います。

既にESGで評価の高い数少ない日本企業を見てみると、「経営の執行と監督」を明快に分けた企業がCEO主導のもと続的成長戦略を実行している場合が多いのです。

今後、国際基準の企業報告責任者は、財務報告のCFOではなく、CVO=Chief Value Officer<国際統合報告評議会(IIRC)の名誉議長であるマーヴィン・キング博士提唱>の設定かもしれません。

同博士著作の「Chief Value Officer: Accountants Can Save the Planet」では、企業が影響を及ぼすことが想定される社会・個人等との関係性管理において、「取締役会は、企業の主要なステークホールダーグループが誰であるのかを理解・特定し、それらの合理的・持続的及び正当なニーズ、利益、期待が何であるのかを客観的に把握しておく必要がある」と示唆しています。

CVOは、財務的な視点のみでの価値判断ではなく、企業をESG要素の横断的・ボトムアップ型視点で見た場合のプラスのシナジー効果を理解し、企業と社会の双方にとって、最善の意思決定を支援する存在であることが期待されます。

企業の市場に対する報告は”財務報告”から”企業報告”へと、時代は変化しつつあるのではないでしょうか。

日本の経営者へのメッセージ

日本の人口は2050年代には8,000万人台になると想定されています。対象市場として今後どこに進出するのか、どの製品・商品で持続的に成長するのか、どのようなステークホルダー・社会へのインパクトを目標として達成するのか、経営陣に求められる要素はますます変化し加速しています。

疑問を持たざるを得ない象徴的な事例として、政官民一体となった原子力輸出(ここまで約定ゼロ)は果たして、日本に必要な持続的成長と社会が求める妥当なインパクトを与え続けることが出来るのでしょうか?

持続的成長と株主価値の最大化が求められる日本の経営者に、ノーブレスオブリージュ=「社会的に高い地位にある者はそれに応じて果たさねばならぬ社会的責任と義務がある」という、欧米社会における基本的な道徳・倫理感をESGの観点から実行を望むものです。

松下幸之助氏がその経営哲学で示しているように、「世間は自分より正しい」「経営者こそ素直な心を持つ(=物事の実相が見えてくる)」ことが重要かと思われます。

そのためには経営陣はあくまで資本提供者から”業務執行を委託されている立場”にあり、政策株式保有、親子上場・グループ企業等、日本特有の安定基盤に安住することなく”革新”に向け大きく舵を取ることを期待します。

ライター中村 伸司氏

大手証券会社のロンドン駐在で日本株式営業主管。その後欧州系(英・スイス・蘭)外資系運用会社に勤務(外国株式の運用、アセットオーナーへの営業、ESG投資等を経験)執行役員・投資顧問部長等を経て、現在米系独立運用会社シニア・アドバイザーとして活躍。

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