モノづくり強者企業としてグローバルに勝ち進むための人財育成
~技術・技能継承を効果的・効率的に~

経営全般・事業承継

2020年04月21日(火)掲載

なぜ「技術・技能の継承」が重要なのか。

今や日本は、量的には中国にモノづくり大国の座を譲り、今後も少子化人口減少の背景下で、世界順位の低下が予測されています。
質的な意味でも各種の品質問題など、一部で「メイド・イン・ジャパン」の信頼が揺らぐ事態が発生しており、また新興国との技術力や製品品質で大きな差がなくなりつつあり、逆転も起きています。

企業競争力の源泉となるものは技術・技能力すなわち人財力であり、世代交代に合わせて継承していくことが、企業の将来を左右していく重要な要素となります。各企業としては「自分の城は自分で守り」、優位性を保ちまた勝ち進むための施策を実行していくことが求められるため、技術・技能の継承が重要になります。
しかしながら、実際には、上手く技術・技能の継承が進んでいない企業が多いのではないでしょうか。

日本企業が抱える3つの課題

技術・技能継承を進める上で、直面しやすい課題は大きく3つです。

課題1.業務の俗人化
業務が属人的で標準化されず標準書類がなく、異動や退職で技術・技能の低下や消滅が起きている企業が多いのではないでしょうか。標準書類がないため、当然ながら、海外の従業員に同様のレベルで教えることはできません。
課題2.継続させる仕組み・組織体制の未整備
OJTを人財育成の中心としているが、管理者や指導担当者への個人任せや計画が不明など管理状態に置かれていない、あるいは以前に作った仕組みが機能しなくなってしまっているという企業も多いのではないでしょうか。技術・技能継承を推進するキーマンがいなくなってしまった途端に、推進力がなくなることは、仕組・体制の未整備であることが大きな課題でしょう。
課題3.技術・技能継承する側・される側のコミュニケーションエラー
技術・技能継承される側は、「教えてもらえるのが当然で」「先人に学ぶ」ことはしない人が増えているという声をよく聞きます。一方で、技術・技能継承する側は、「背中を見て学べ」という考え方で職人気質が強いため、技術・技能継承する側・される側双方が上手くコミュニケーションが取れないという課題は多くの企業で見られる課題でしょう。

上記のような課題はどのように乗り越えられるのでしょうか。
課題ごとに解決策のためのポイントを見てみましょう。

「課題1.業務の俗人化の課題」を解決するための3つのポイント

ポイント①人財育成の「ターゲット」と「ロードマップ」を明確にして、会社内で共有する
技術・技能を継承する結果として、何ができるようになるかを明確にし、どのように成長していけるのかをイメージできるようにします。
ステップとしては、まずは熟練者が行っている大きな一連の業務を小さな「仕事・作業」に分解し、個々で何ができるのかを職種別・部門別の業務スキルとして整理しスキルマップに記入します。
次に、個々の仕事・作業を、熟練者がこれまでに習得してきた順に成長過程として並べ、またマイルストーンを設定し、組織内の階層とも関連づけて人財育成ロードマップの叩き台とします。
ロードマップを作成する際、必要に応じて「ジョブローテーション」も織り込みます。


ポイント②継承すべき技術・技能が「スキルマップ」として見える化する
業務を実行するに当たって身に付けておくべき種々の「技術・技能」をスキルマップに加えます。ステップとしては、まずは個々の「仕事・作業」に必要な「コアとなる技術・技能」を洗い出し、各々を相互に紐付けします。次に、個別の仕事・作業で習得を前提としている基礎的な技術・技能(資格を含む)も同様にします。


ポイント③「スキル内容の形式知化」を標準書類やその他の様々な工夫を加えて行う
「コアとなる技術・技能」を作業標準や技術標準にして、可能な限り形式知化します。
作業標準には、作業内容・手順、使用道具類、品質管理方法、作業ポイントなどを、技術標準には、条件に応じて設定する項目や数値を整理して記載します。「用語集」も作成しておくと有用です。作業・技術標準の作成に当たっては、継承を受ける側の視線で理解しやすいように、理由やよくある失敗なども記載するようにします。
また、伝えにくい主観的な「技能領域」のことも、①計量し数値化する、②擬音表現で文章化する、③ビデオを用いる、④現物の「限度見本」を利用するなどで、より客観的な「技術領域」に移していきます。
標準化に一足飛びにいかないものは、過去のケーススタディーという形でデータベース化しておき 参考情報として利用する方法があります。今後のAI化に繋げていくこともできます。

「課題2.継続させる仕組み・組織体制の未整備」を解決するための3つのポイント

ポイント①『「OJTを管理状態で実施」する(目的・目標・計画・結果評価を会社内で共有)』
継承する業務能力と技術・技能の内容を明確にした後、継続的な活動にするため、まず計画を立案することが重要です。各業務また技術・技能項目を継承する人と指導者を選定・指名します。次に人財育成ロードマップの叩き台を参考に、継承者と指導者また部門で協議をして、継承者各人の状況に合わせた「成長ロードマップ(=中長期計画)」を作成します。そして単年度毎月の技術・技能継承の実行計画を作成します。その際、継承者と指導者に必要な工数が確保されるように、部門は業務の調整をします。

立案した計画に対して、実行と評価は必須です。
実行・評価については、OJT訓練で実行していきます。事前準備として、標準類やビデオなどを予習させ、質問を受け付けておきます。実際の指導では、事前質問の回答も織り交ぜて解説し、熟練者が先ずやって見せます。次に本人にやらせてみて、褒めるべきところを褒めたうえで、改善点を指導します。習得度を評価する多段階の基準を設定しておき、繰り返し訓練で都度成長を評価していきましょう。
毎月、実行計画の予実を管理し、習得状況を本人のスキルマップに記載して成長の進捗を評価します。年間の結果を「成長ロードマップ」に実績記録し、次年度の計画立案に生かします。


ポイント②『「職場部門」「指導者」「継承者」また「経営層」「人財育成推進部門」が組織的に連携し活動できている』
事業部、部門ごとの縦割りではなく、全社で連携するため、「人財育成委員会(例)」等を編成し活動を行う必要があります。

その際の経営層、及び職場部門の役割は、各現場や指導者任せにならないよう、組織体制と仕組みを作り、組織的・継続的に運用していくことです。技術・技能継承が重要な優先課題であることを宣言し、年度報告などで定期的に関与していきましょう。また、技術・技能の継承を推進し、また各職場を支援する、推進専任組織体制を整備する必要もあります。組織体制を作り、課題を与えるだけではなく、組織が解決した課題を評価する制度や、技術・技能継承に必要な経営資源(工数、経費、場所、推進専任者など)を予算取りすることも必要です。

人財育成推進部門(また専任者)の役割は、経営層の意を受けて技術・技能継承を推進・統制、また職場部門と指導者の支援を行うことです。管理状態で技術・技能の継承が進められるように、人財育成委員会(例)の開催・運営などを行います。具体的には、職場部門・指導者に対し、継承に係る様々な支援業務(書類書式標準化他)を行います。またOff-JTの社内研修の設定・運営や外部研修の調査、指導者へのコーチング技術や、インストラクショナル・デザイン活用の啓蒙や指導を行うことも人財育成推進部門の役割です。

指導者(熟練者)は、継承する技術・技能の整理と、指導に際しての必要帳票類作成の実務を担います。大きな負荷が掛かるため、職場部門、推進部門、経営層は十分な対応と配慮を行う必要があります。例えば、勤務時間中に指導準備と指導ができるよう、職場部門は十分な時間が確保できるようにしたり、ノウハウを教えると「自分の仕事がなくなる」「存在価値が下がる」等の不安が出ないように、さらに指導者としてのモチベーションを上げたりできるような工夫をします。(マイスター等の資格称号や、手当など)。

若手の継承者は、技術・技能承継の主役です。効果と効率性は、本人の意識の持ち方によって大きく左右されるため、若手の継承者に「自らが、自分のために、自身を成長させていく」という考え方を持って能動的になってもらえるよう、活動の全体像と目的及び期待についての説明を十分に実施することが重要です。ビジョンと計画また成長の進捗を共有するため、「成長ロードマップ」と「継承の年間実行計画」立てましょう。継承者に、本人が次に教える立場になった時のためにといことで、自分で作業マニュアルを書かせる手法も、意識と習得度を上げることに役立ちます。


ポイント③『活動の継続・改善のための「運営の仕組み」がある』
活動の継続性と改善、また経営層による関与と貢献を確保するために、「人財育成委員会(例)」としての活動を実施します。活動の準備段階では、準備進捗の報告と課題解決の討議・決定を月一回程度実施します。実行段階では、年間活動報告と討議を、年に一回またはニ回は、実施初年度はもう少し頻度を上げて実施します。委員会活動としては、現場確認また継承者や指導者へのインタビューを含める方法も検討します。

「課題3.技術・技能継承する側・される側のコミュニケーションエラー」を解決するための2つのポイント

ポイント①『「Off-JT(eラーニング含む)」も組み合わせて活用する』
OJTを中心にしつつも、必要なOff-JTやeラーニングも組み合わせることで、技術・技能継承する側・される側の負担を減らし、効果的・効率的な継承活動にしましょう。Off-JTの使い方の一つは、前提とする基礎技術・技能が不十分な場合に、指導の効率性と指導者に掛かる負荷を減らすために、社内集合研修や外部研修を利用するケースです。もう一つの使い方は、業務そのものを演習として切り出したOff-JTを設定する事例もあります。
eラーニングは、それ単独でまたはOJTやOff-JTの事前学習や事後課題として利用します。eラーニングの利点は、各人に合わせた内容、時間帯、進め方の学習ができる自由度が高いことです。外部の既成の研修やeラーニングは、制作の手間が掛かりませんが、内容が業務にマッチあるいは繋がるものであるのかの検証を、事前に推進部門や職場部門でしておく必要があります。


ポイント②『「インストラクショナル デザイン」を活用して効果性・効率性を高める』
インストラクショナル デザインは、各種の教育訓練活動が、目的とする成果に繋がるようまた効率的・魅力的に実施できるように企画・設計・実施・評価するための各種の定石を示したものです。教育訓練の成果として「業務で何ができることに繋がるのか」、と「必要な前提知識と技能」「習得目標」「習得を評価する手段」「習得のための方法」を明確にする必要があります。
また、「学習者の自主性」を引き出す工夫を織り込みましょう。習得したことを「忘れない」よう、また「業務で実際に使っていく」ための工夫をすることも重要です。

最後に

グローバル展開している企業では、技術・技能の伝承を、海外拠点の従業員へも拡大する必要があり、その際には、日本から指導者を海外に駐在または出張(長期or短期)させて、国内と同様に実施する、或いは、海外従業員を日本に招いてOff-JTとOJTを実施する、又は、海外従業員を上記の方法で育てまた実績を踏ませて、その拠点における指導者とする方法があります。
その際、技術・技能継承の状況を定期的に確認する仕組み化が必要です。

技術・技能の承継は、「生産現場部門以外の業務(製品開発など)」に対しても、技術内容等は異なりますが全く同様に進めていくことができます。また「新たな技術の獲得と裾野拡大への応用」についても、対象の技術・技能を現状のたな卸しに留めず、将来の目指したい姿から選定することで応用が可能になります。この場合の指導者は、社内で先行しているトップランナー社員または社外の専門家に依頼することが効果的でしょう。

執筆者A.M 氏

大手産業機械メーカーに1980年に入社し、製品開発、製造管理、品質保証、人財育成の業務に携わる。海外生産会社副社長、国内生産拠点工場長、全社品質保証部門長などを務める。現在はこれまでに培ってきた知見を活かし、モノづくり力並びに人財育成の強化の指導に取り組んでいる。

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