弁護士が語る、海外子会社におけるグローバル法務体制構築のポイント

法務・ガバナンス

2020年03月23日(月)掲載

戦略法務とは

「戦略法務」とは、法的な知識を経営戦略に反映させていくことです。M&Aがその代表例で、事業の譲渡や企業買収などが該当します。法的知識を活かして、経営を効率的し、利益を上げていくことを目指します。

臨床法務→予防法務→戦略法務

法的知識が経営者や企業に提供するのは「戦略法務」だけではありません。その前段階にある、「臨床法務」「予防法務」も法的知識を必要とする重要な役割です。

「臨床法務」とは、発生した裁判やその他の法的トラブルがあった場合に、その対処を行うことで、取引先が支払いをしない場合の債権回収、自社商品を盗作された場合の損害賠償請求など、トラブルが合った際に必要な弁護士の諸業務です。そして、「予防法務」とは、将来的な法的トラブルを避けるための処置を行うことで、契約書の作成などが該当します。

これら3つの区分に正確な線引きはありませんが、法的知識が企業経営に活きている諸業務は、これら3つに分類できるのだと認識しておいてください。「臨床法務→予防法務→戦略法務」の順に会社に与える影響が大きくなっていく、企業経営の核を担うようになってくる、と考えると認識しやすいかと思います。

POINT

・弁護士などの法的知識が豊富な人が企業経営に携わり、法的知識をもとに、経営を拡大させることを「戦略法務」という。
・他に、法的トラブルがあった際に対処する「臨床法務」、契約書作成などをする「予防法務」なで、企業経営に尽力している。

戦略法務が必要とされる時代になってきた

近年、「チャレンジ」を唱える会社が増えてきました。

市場がグローバル化し、活動的な海外企業と戦う場面が増えてきたこと等を考えれば外的な要因が考えられますが、それだけではありません。リスクを取らなければ利益を上げられないことは、古今東西普遍の真理です。リスクを取らなくても会社が利益を上げ、成長するのは、経済全体が成長している幸福な時期だけの話です。

言うなれば、やっと、市場が競争の場としての本来の姿に戻り、やっと、経営者もリスクを取る意識を取り戻した、ということです。経営者の意識改革が遅すぎたのではないか、故に、バブル崩壊からの回復が遅れたのではないか、という問題も大きな問題です。
しかし、会社組織の変化の方が、経営者の意識改革よりさらに遅くなることは明らかです。経営者の意識改革なしに、会社組織体制や風土の変化を起こせないからです。

なぜこのような話をするかというと、余計なリスクさえ取らなければ良い時代から、経営がリスクを取らなければならない時代に変わり、経営がリスクを取ってチャレンジできるようにサポートすることを軸に、法務部の役割を再構築する必要があるからです。

POINT

・近年、余計なリスクさえ取らなければ良い時代から、経営がリスクを取らなければならない時代に変わってきており、経営者は、リスクを取ったチャレンジが求められるようになってきている。

現状の法務機能

現状の企業の法務部門を見ていきましょう。法務部というと、どのようなイメージを抱くでしょうか。
書類をチェックする部門、進めているビジネスに対して直前になり指摘をしてくる部門、現場のことを理解していない部門など、ネガティブなイメージが強いように思います。

書類を整えるだけの部門だと軽視されている

原因の1つ目に、法務部を、業務プロセスの中でビジネス交渉からビジネス開始に至る工程の中の最後の部分、すなわち稟議や決裁に必要な書類を整える工程、と位置付けられている場合が考えられます。法務部も会社の一部門である以上、その業務工程のどこかについて責任を負わなければなりません。しかし、そのようにすると、書類の欠陥の有無などをチェックする事務的な役割だという発想や、契約書は当社も相手方も本気で中身を見ないし、実際に契約書が危惧するような事態は発生しないので、印紙税や銀行融資などに関する、社外の機関に指摘をされない程度に形式を整えれば十分という発想が、その背後に見受けられます。

第三者的な立場だと見られ、企業の経営と切り離されている

原因の2つ目に、法務部を、チェック機関や法的な認証を与える機関であり、したがって第三者的な立場の機関であると位置付けられている場合が考えられます。事前に口出しして欲しくないという発想や、ビジネスのことを理解してもらいにくい部門だという発想や、張り切って存在感を示そうとしなくて良いという発想が、その背後に見受けられます。

このような状況では、法務部は会社のチャレンジに全く関わることなどなく、ビジネス上のリスクのごく一部について、時々警笛を鳴らすという役割しか果たせません。

POINT

・企業の法務部門は、軽視されがちであり、経営に携わらない部分として認識されることが多いため、ネガティブな印象をもたれがちである。

経営組織論と法務部の役割

経営がリスクを取ってチャレンジしなければならない現在、法務部は、より積極的な役割を果たすべきだと私は考えます。
それを、会社組織から考えましょう。
会社組織を人体に例えます。
まず、人体は、体中に神経が張り巡らされており、蚊に刺されたような極めて微細な情報も脳に届きます。これが「リスクセンサー機能」に該当します。会社の全従業員が、それぞれの持ち場ごとにそれぞれのリスクに気付いて報告しなければ、会社組織は重要な情報を見落としてしまいます。例えば、毎月納品される素材の品質に、何となく違和感を持つ(もしかしたら重大な問題かもしれない情報に気づく)ことができるのは、素材を受け取って確認している担当者であり、法務部ではありません。法務部には、素材の品質の微妙な違いに気づくことなどは期待できません。「リスクに気付くのが法務の仕事だ」というのは、会社が対応しなければいけないリスクを理解していない人の発言であると私は考えています(もちろん、法的で専門的なリスクは、法務部が気付かなければなりません)。

この「リスクセンサー機能」について、会社の全従業員が、それぞれの役割に応じたリスクに気付くように、それぞれの意識や主体性を高め、他人ごとではなく自分や会社を守るという意識から、センサーとして機能させるような働きかけやルール、プロセスを作っていくことが、法務部に期待される仕事の1つ目です。
 
次に、リスクに気付いた場合、リスクに対応しなければなりません。例えば、傷口から侵入したばい菌に対しては、白血球など体液中の諸細胞が、特に誰からの指示が無くても襲いかかり、体がばい菌に毒されないように働きかけます。また、何か熱いものに触った場合にも、脳の指示が無くても手を引っ込め、ひどい火傷を負わないように動きます。また、向こうから目の座った不気味な人間が刃物を持ってこちらに歩いてくるのを見れば、脳が判断して後ろを向いて逃げ出します。他方、スポーツの試合中、へとへとに疲れていても、ここ一番の時には体を壊すリスクを取ってでももうひと踏ん張り頑張っていい結果を残そうとします。
 
これらの活動は、リスクを避け、またはリスクを取る活動ですが、それぞれ現場レベル、管理職レベル、経営者レベルで対応を判断してリスクを回避したり、逆にリスクを取ってチャレンジをします。リスクコントロール機能と位置付けることができます。
 
リスクコントロールの機能は、リスクの種類や大きさにより、組織上どのレベルの者が担うのかが異なってきますが、重大なリスクは経営が判断することになります。いわゆる経営判断です。経営判断の中でも、特にリスクを取ってチャレンジするという前向きな判断こそ、現在、より強く求められるものですが、法務部は、経営がリスクを取ってチャレンジするために貢献することが期待されます。
 
それは、つまり「お膳立て」です。参謀、右腕、番頭等様々な言葉で表現されますが、これらに共通して、特に重要な役割は、新しいチャレンジをする際、重要なリスクを見極め(組織に見極めさせ)、それぞれに対して十分な対策を講じて(組織に講じさせて)、リスクを十分コントロールした状態にして(させて)、経営にリスクを取ってチャレンジするかどうかを決断させます。大店の大番頭さんが、色々と準備と根回しをしたうえで、若旦那さんに、一世一代の決断を迫る場面を想像すると、イメージしやすいでしょう。
 
つまり、経営にとって重要なリスクであるほど、法務部が中心となってそのリスクを減らすための対策を講じ、それでも残ってしまうリスクについて、経営としてこれを取ってチャレンジするかどうかの決断を迫るという機能が、会社組織にとって必要になってくるのです。

POINT

・法務部は、経営がリスクを取ってチャレンジするために、貢献することが期待される。
・経営にとって大規模なリスクが生じる場合に、法務部がそのリスクを減らせるように最大限調整することが必要である。

戦略法務への変革方法

理想を述べてきましたが、それでは実際、どのように法務部を変えていけば良いのでしょうか。
そのためにはいくつかのポイントがあり、会社の状況に応じて上手にブレンドします。

法務部の役割の見直し

1つ目は、法務部の役割の見直しです。

最後の書類チェックの工程の責任部門という位置付けではありません。契約書を作成し、その内容について責任を負うのは各事業部門です。法務部は、そのサポートをするだけです。
では、法務部は無責任な部門になるのでしょうか。
そうではありません。会社全体のリスク対応力を高め、各部門のリスク対応を専門家としてサポートすることが仕事です。具体的な業務を所管するのではありません(そのため、無責任であるように見えるのかもしれません)が、専門家として責任あるサポートをするのが仕事であり、業務範囲も、会社業務全般の法的リスクが対象となります。

社内プロセスの見直し

2つ目は、社内プロセスの見直しです。

最後に法務部のチェックしてもらうのではなく、業務を担当する部門の責任により、必要に応じて早い段階から法務部に関与してもらいながら一緒にビジネスプランを考えてもらうなど、法的リスクに応じた法務部の関与の仕方を、各事業部門の責任で決めさせるプロセスにします。例えば、契約交渉の中で契約条件を決める際に、契約書の条文の擦り合わせを同時並行で行います(さらに言えば、契約書にそれぞれの意見を反映させてやり取りしながら交渉します)。それにより、誤解を未然に防ぎ、契約書作成段階での蒸し返しの防止が可能になります。ビジネススキームを決める前に法的なリスクを洗い出し、コスト・パフォーマンスだけでなく、リスクの大きさやリスクコントロールの可能性も考慮に入れたスキーム構築をすること等で早い段階から法務部を関与させると、リスクコントロールが円滑になり、しかも充実して行うことが可能になります。

法務部が現場に出向く

3つ目は、法務部自身が現場に「御用聞き」に出ていく方法です。

私が今までに所属したいくつかの会社で実際に行ったことであり、且つ、別のいくつかの会社も実際に取り入れた方法です。主な事業部門について、法務部内に専属担当者を決め、定期的にその部門に訪問させて(可能であれば社内弁護士も同席し)OJTで仕事の進め方をトレーニングします。

それまでは、各事業部門の部門長が法務部に相談する、と決断した案件のみが法務部に相談に来ていたため、既にビジネスプランが決定され、法的リスクに気付いても、できる対応手段は「メッキ」「絆創膏」を貼る程度のことしかできませんでした。しかし、定期的に(例えば毎週月曜日の午後)訪問することで、事業部門内での検討段階から法務部がサポートし、法的なリスクを考慮した検討が可能になりました。それにより、ビジネスモデルの表面的な問題だけではなく、骨格や土台部分からしっかりとした対策が打てるようになりますので、法的リスクに対してより強靭なビジネスモデルが構築できます。

このように、法務部として受け身で待ち構え、「メッキ」「絆創膏」による応急措置しか講じられない部門になってしまうのではなく、自ら現場に出向き、骨格や土台からしっかりとした対策を講じられるようにすることで、リスクコントロール機能が高まります。それにより、チャレンジできる選択肢が広がることにもつながり、結果的に、ビジネスチャンスも大きくなるのです。

経営側の自覚

4つ目は、経営の自覚です。

例えば、経営会議などで大きな案件について決断を下す際、そこに至る検討過程で、法務部が十分活用され、適切なプロセスが踏まれたかどうかを確認して報告させるようにします。その報告が不十分である場合には、どんなに立派なビジネスプランであったとしても差し戻すようにすると、各事業部門が法務部を活用せざるを得ない状況になります。実際、この方法を徹底することで、社内の意思決定プロセスが劇的に変わった会社があります。

POINT

・戦略法務のために、法務部は変革するべきである。
・そのためには、法務部が専門家として責任あるサポートをするための役割の見直し、社内部署からのプロセスの見直し、他部署に出向いて距離を縮める、経営者の自覚を高める、などのステップを踏む必要がある。

戦略法務の実務上のポイント

この他にも、法務部員に求めるスキルなどの設定や、社内弁護士の採用、人事考課方法、キャリアパスの設定など、人事的な対策や、事業部門側の法務部活用状況の評価の工夫、事業部門の業務方法の再定義など、様々な経営上の施策も、これに合わせて活用される必要があります。
けれども、最も重要なことは、法務部があるからリスク対策は法務部の責任であるという会社全体の風潮を、全従業員がそれぞれの立場でリスク対応に関与し、会社としてリスクを取ってチャレンジする社風に作り替えていくことです。「他人事」という意識が、誰もリスクを取ろうとせず、他人に責任を押し付け、リスクを取れない会社を作り上げてしまうのです。
 
その意味で、例えば、各事業部門の職務分掌上も、それぞれの担当業務を列挙するだけでなく、その最後に、「これら担当業務に関するリスクを適切に管理し、果敢にチャレンジすること」等の役割を明記してみるのも、1つの方法です。

戦略法務を効率的に行うために、自社を改革するのであれば、専門家の視点を取り入れながら行いましょう。本記事で簡単なステップを紹介しましたが、導入の大枠にしかすぎません。実際に、戦略法務を活用して、M&Aなど、利益拡大・事業拡大を狙っていくのであれば、法務部員に求めるスキルを明確化・社内弁護士の採用・人事考課方法・事業部門の業務方法の再定義・財務状況など、複数要素の改善が必要になります。i-commonには、M&Aに精通した顧問が在籍しており、高い専門性を持つエキスパート視点からのアドバイスが可能です。戦略法務や法務部門の改革経験を持つ顧問もいますので、質の高いコンサルティングを提供します。ぜひお問い合わせください。

執筆者I.A氏

早稲田大学法学部卒業、ボストン大学ロースクール卒業。綜合法律事務所、社内弁護士(おもに金融業界の複数企業)、新規産業分野の支援に特化した法律事務所を経て、2020年から弁護士法人パートナー。東弁労働法委員会副委員長等を務める。「法務の技法」シリーズ(中央経済社)等、著書・講演実績多数あり。

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