200社以上を変革してきた経営コンサルタントが語る
人事制度改革で押さえておくべき考え方

経営全般・事業承継

2020年03月09日(月)掲載

人事を軽々しく口にしてはいけない

昔、師匠から言われた言葉を思い出す。

“宮川、人事なんてものは40歳を過ぎてから扱うものだ。”

37歳のことだったか、人事コンサルティングの責任者に任命された。
正直、人事コンサルティングに興味はなかった。その当時のメンバーは非常に人事制度設計や賃金カーブにこだわっていた。どうしても好きになれなかった。人事制度で個人と事業が成長するのだろうか。その人事制度は我々が真に対象とすべき顧客のためになるのだろうか。

人事は、人・組織・企業の成長を大きく左右する。市場と組織にもまれたことのない者が人事制度など軽々しく口にしてはいけない。

戦略が変わればマネジメントも変わる

戦略論には変遷がある。第一世代は競争戦略論、規模の経済の追求、魅力ある業界・市場の選択などである。第二世代は差別化戦略、VRIOモデル、コア・コンピタンスなどである。第三世代はリアル・オプションなどの流動的意思決定モデルといえる。今は経験経済、ビジネスモデルそしてディスラプションといったイノベーションが第四世代といえる。

 戦略が変わればマネジメントも変わる。普遍なのは理念だけである。中期経営計画が変われば、組織や業務そして役割も変わって当然である。変化できないものは生き残れない。ビジネス・ヒエラルキーはEnvisionとExecution(徹底実践)に分かれる。この2つが連動しなければ計画や目標は達成されない。しかし、殆どの組織で戦略と実践が切れている。マネジメントの一つである人事制度も同じである。戦略に適した仕組みでなければならない。結論からいえば、人事機能の根本的問題は戦略とリンケージしていないということだ。

最初のステップは人材ビジョンを定義すること

人事制度設計で最初に行うことは、人材ビジョンを定義することである。つまり、求められる人材像を定義するということだ。
人材ビジョンは経営ビジョン及び戦略から導かれる。綺麗な言葉は不要だ。明確に示すことだ。今後10年後を展望した際、どのような人材が必要なのだろうか。
高度成長期の時はマネジメント・タイプで良かったかもしれない。リニアな発想が通じた。しかし今は、第四世代である。イノベーティブな人材が必要だとすれば、イノベーティブな人材に対して、人事制度のコア3制度を設計すべきである。コア3制度というのは、キャリア制度、評価制度そして報酬制度である。ちなみに、この順番で設計することが大切だ。

イノベーティブな人材を育てるための人事制度の考え方

そもそも評価制度というのは、何ともネガティブで後ろ向きの言葉である。評価ではなく、育成である。人事制度という言葉自体が面白くなく、本来は人材育成制度であると私は考えている。

大手コンサルティング業界のある会社の人事制度は、人材育成制度と位置付けている。例えば、どのようなリーダーになりたいかを本人に問う。目指すリーダーになるべく合わせてキャリアを形成していく。仮に、目指す姿が自社では十分ではないとすれば転職を提案する。評価においては、上司は評価をしない。育成であるため、責任あるポジションのメンバーが時間を費やし、個人のために面談とアドバイスをする。上司が評価する形は構造的、且つ恣意的になり、不公平感が出る。評価メンバーは適切な情報を集める必要があるため、上司や同僚の話、レポートなど様々な情報を集める。大変ではあるが、人が財産であるなら時間を投資してでも行う。そして、どのような仕事(テーマ)が相応しいのか、どのような経験を積ませることがキャリア形成に繋がるのかを設計する。

イノベーティブな人材を評価するとすれば何を評価しようか。
Wired to Create(注1)では好奇心や遊び心が重要だと指摘している。優秀さと好奇心が戦ったらどちらが勝つだろうか。ロジャー・マーチン(注2)の研究によれば、創造性やアイデアにおいては論理以上にメタファーが重要だと指摘している。新たなアイデアを作り出す知的能力である。「研究開発における創造性」(注3)では、たくさんのアイデアを生み出す能力(フルーエンシー)が重要だとしており、そのためには連想の能力や類推(アナロジー)の能力が必要と指摘している。こうした指摘は数多くの研究論文で示されている。

さて、あなたの会社はどのような人材を評価するのか。イノベーティブな人材を育成する上で何よりも重要なのは実験(挑戦)を試みるマインドと行動である。個人的には実験能力の最重要性は立証されているものと考えている。好奇心とメタファーに溢れ実験する行動力を持った人材があなたの会社を変革させるとしたら何を評価尺度とするだろうか。人材育成制度は評価より何を学習したかを問う。

経営とは目標である

これはP.F.ドラッカーの言葉である。また、彼は目標に関して、“組織の健全さとは、高度の基準の要求である。”とも述べている(注4)。報酬制度の多くは基本給(ベース給)と賞与から構成される。前者は能力のようなもので、後者は業績連動給である。良い業績を続けなければポジションはあがらず、従って基本給もあがらない。意外とこの基本が理解されていないことが多い。賞与は出るものであり、長く勤めれば基本給はあがるものだ。勤続年数が長ければ組織が如何に動くかに長けてくるので、よりダイナミックな仕事はできる。また、勤続年数が長ければ知識やスキルも豊富なはずだ。

しかし、本当にそうだろうか。時を過ごすと経験するは異なる。営業10年経験したので営業のプロです、というのは本当だろうか。修羅場を何度も経験した10年と同じようなことを繰り返してきた10年は全く異なる。従って、今年は何に挑戦するのか、何を目標とするかが極めて重要となる。

さて、そこで問題となるのが目標の内容である。戦略のミスは戦術ではカバーできない。ずれた方向性、不十分な目標の設定では、意味をなさず逆効果である。では、戦略実行をブレークダウンした目標設定になっているだろうか。

これは予算管理と連動する。予算を達成するための対策が本来の予算でなければならないはずだ。しかし、実際はありたい数字を提示するだけで、対策を発想する強制力を発揮していない。したがって、予算と実績というダブルスタンダードが当たり前のように存在する。これで人事制度は機能するだろうか。そもそも目標に思考と情熱が入っていない。何故、そのようなことをいうかというと、私の場合、人事コンサルティングの殆どは戦略検討になるからである。制度は目的ではない。戦略及び計画を実行し達成することである。
人事制度のミスの多くは設計にこだわることにあると私は考えている。

エンゲージメントを人事制度に加味する

働き方改革の影響か、エンゲージメント(会社への自発的貢献意欲)という言葉をよく耳にする。背景の一つにあるのは人材不足である。ギャロップ社の調査によれば、エンゲージメントと業績が相関することを示している。タワーズワトソンのグローバル・ワークフォース・スタディーでも同様にことが伺える。ではエンゲージメントを高める要素は何だろうか。2018年に行われたフェイスブックの調査やハーバード大学の研究などから、おおよそ3つの要素が重要と思われる。1つは社会的意義である。この仕事は社会的に意義があると感じることができること。2つ目はコミュニティである。相談できる仲間がいること。刺激しあえる仲間がいることや、どのようなメンバーと仕事ができるかが大切なのである。3つ目は成長実感である。ここに外的要因であるお金は入ってこない。

ここから見えてくることは、仕事の内容、目標が重要であるということ、そしてチーム業績を評価するということだ。

GDPの70%がサービス業である(注5)。そしてサービス業において、従業員満足度が業績と相関することも研究からわかっている(注6)。その意味でエンゲージメントの3要素を人事制度に加味することは欠かせない。基本は従業員の声をよく聴き、仕事の改善をすることである。シンプルに、良い仕事をしたいという基本的ニーズに応えることである。


(注1)“Wired to Create“ (2016) Scott Barry Kaufman, Carolyn Gregoire(著)
(注2)“Management is much more than Science” Roger L. Martin and Tony Golsby-Smith (Harvard Business School Publishing Corporation 2017)
(注3)「研究開発における創造性」河野豊弘著(白桃書房2009)
(注4)“Management“ (1999)Peter Drucker (著)
(注5)サービス産業の生産性(2004)内閣府
(注6)“Retail's Winners Rely on the Service-Profit Chain”(2012)トーマス H.ダベンポート

執筆者M.M氏

大手コンサルティング会社を経て米国NYにてコンサルティング会社設立。自動車、電機、精密機器、家電などのメーカーや小売、物流、製薬、IT、公益法人など幅広い業種での支援実績を有する。事業開発・組織開発・人材開発の3領域を中心に、多様な課題を解決してきた。英国国立大学大学院の特定教授。

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