企業の新規事業開発の勘所

新規事業

2019年08月28日(水)掲載

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新規事業開発とは新しい商売を創り出すことです。決して新製品開発ではありません。新しい技術も、新しい製品も、新しい仕組みも、それら個々の創出は新規事業開発になりません。それらを部品として新しい「商売」を作ること、これが新規事業開発です。

この世の中のtangibleなものも、intangibleなものも、すべて概念の塊です。車も船も飛行機もゲームソフトもITプラットフォームも会社組織も貨幣も法体系も何もかも、この世のあらゆるモノ/コトは人の考え以下でも以上でもなく、概念そのものです。人々は概念を食べ、飲み、触れ、交換、共有して生きています。世界は概念から出来ています。すなわち、新規事業のアイデア出しとは、新しい商売の「概念」を作り出す作業です。換言すれば世界の一部を新たに作り出す作業です。人々はそれを新しいビジネスモデルと呼ぶのです。

新規事業開発に失敗した例は枚挙にいとまがありません。新規事業開発というと、事業計画作成の部分がフォーカスされることが多いのですが、それよりもっと根本的な、商売を作り出すという観点において、一般的によく見られる企業のアセットをベースにした計画、あるいは逆に全く異分野への進出と、そのどちらもが持ちうる失敗の要因と対策のポイントを取り上げます。

新規事業開発における矛盾と解決策

デジタル化の急速な進展により、新概念が低コスト且つ短時間で実体商売に転化する環境が普及し、世界経済の変革を猛烈な勢いで推し進めています。AI、IOT、仮想通貨、ブロクチェーン、量子コンピュータ、モノからコトへのスローガンなどはその現れの一端にすぎません。

経営者たちが、「うちは新技術や変革に対応できているのか」と不安になり、内部キャッシュが豊富なうちに未来へ投資しようと、新規事業開発部を立ち上げようとするのは頷けます。

ところで、中小企業であれ大手企業であれ、企業となれば、一定の規模・組織・歴史をもった既存事業を運営中です。それらの事業は、利益を出しているか損失を出しているかに関わらず、その企業に広範囲な知見・能力というアセットを蓄積しています。

新規事業の創出となると、これまでの知見・能力の延長線上にない要素を求めることになります。規模も大きく老舗企業ほど、濃密に蓄積された知見・能力アセットが邪魔して、この新要素に気づく目を曇らせ、せっかく担当者が考案した新事業の価値を理解できずに或いはリスクテイクに尻込みして、反故にしてしまうことが多々起こります。

一方、「いくら突飛でもいいから新規事業を開拓しろ」と、トップからの命令であっても、企業にとってせっかく蓄積している知見・能力アセットを全く活用しないで、それとは無関係な新事業を検討するのはリスクも大きく、またもったいないことでもあります。

この邪魔になったり使わないのはもったいなかったりする、この一見矛盾を帯びる「知見・能力アセット」とは何なのか?それは、技術的な製品ストックもさることながら、製造、研究・開発、販売、顧客、組織運営、知財・ノウハウ、資金運用、アライアンス、そして役職員の人的関係等々、企業活動で得たあらゆるソフト・ハードのアセットのことです。過去に失敗した事業のデータベースもこのようなアセットの一部となります。

そこで、この「新規事業開発によくある、企業に蓄積された知見・能力アセットをめぐる矛盾」を解決するポイントがどこにあるかを考えてみると、それは、新規事業の創出とは、新商売の創出であり、新製品の開発ではない、ということの理解にあることに気づきます。

新商売を創り出すのであれば、蓄積された「知見・能力アセット」を十分活用して、全く新しい事業(商売)を生み出すことができるからです。

新規事業開発のフレームワークと成功させる要点

新規事業を考案し、実現するためには、以下のようなポイントを検討する必要があります。全て満点で用意することは困難でしょうが、多くを満足させればさせるほど新規事業開発がスムースに進み、始動後の運営管理もしっかりします。

まず、新規事業開発を行う社内体制について明確にします。

① 新規事業開発のためどのような組織(開発、決定、運営管理)にするのか?理想は、新事業毎にその開発から実施、運営管理まで、独立した一気通貫の人事(責任者)、会計財務体制を組むことです。

② 新規事業開発のためにどのような資金を用意するのか、或いはどのように使わせるのかを明確にする必要があります。

③ 新規事業開発のためにどのような人事政策にするのか?減点主義は厳禁です。失敗を許し、それを取り返すチャンスを担保する人事政策が必要です。

④ 新規事業開発のための事業投資決定及びexit決定のルールはどうするのか?つまり、新規事業の評価基準の設定が必要です。新規事業の評価基準は、設備投資の評価基準と決して同じではありません。

次に、現在保有する知見・能力アセットの棚卸しをします。

① 過去及び現在の商品と技術の棚卸し(プロファイル分析、成否分析)
② 研究開発中の製品及び技術の棚卸し(プロファイル分析)
③ 過去及び現在の販売方法の棚卸し(プロファイル分析、成否分析)
④ 過去及び現在のアライアンスの棚卸し(プロファイル分析、成否分析)

上記の棚卸しが終わったら、それぞれの商品・製品・技術のコア・バリューを徹底的に討論し、析出します。コア・バリューはその商品・製品・技術の背景にある深い思想の中に横たわります。そこまで議論を重ねて潜っていってえぐりだします。コア・バリューはある種の普遍性を持っているはずです。

次に、コア・バリューに対応する適用(applications)を議論します。適用が見えれば市場は自然と想定されてきます。市場が想定されれば事業化の間口に到達したも同然です。

さらに、特定の事業化を目指すにあたり、自社にある利用可能な知見・能力アセットと自社にない知見・能力アセットを分別し、自社にない知見・能力アセットを外部から調達するアライアンス戦略を策定します。自社に活用できるアセットと外部から調達するアセットの比率が例え1:9であっても、商売を作ることができるのなら開発対象とする、という意識が大切です。ここが新規事業開発と新製品開発との大きな違いです。新規事業開発は、極端な言い方をすれば「プロデューサーに徹する」のでよいのです。

コア・バリューが引き出されれば、それらの適用の広さ、深さを比較することで、どれから事業化を図るか、新規事業開発の優先順序が立てられます。また、この優先順序により、どの事業分野(事業群)に優先投資するかの絵も描くことができます。

コア・バリューが認識され、その適用が見つかり、市場が想定され、事業化を目指すとなれば、事業計画を作成します。事業計画策定の重要な鍵は、コア・バリューの適用が「課題」解決を行えているか、しっかりと市場調査することです。そしてまず事業の目標(定量的ゴール)を策定し、そこから遡行して事業を組み立て、組み立てられた事業を構成する諸仮説を明確化し、記録しておくこと、の2点です。

一方、新規事業開発のフレームワークの一部として、常々、自ら保有するものとは異なる知見・能力アセットの収集が必要です。例えば以下のような方法があります。

① 自社と近い業界、何らかの類似点はあるが別の業界、全く異なる業界の3種類の業界におけるベンチャー企業の発表会、投資家募集セッション等に参加して、新しい「概念」に触れ、収集します。

② 自社の研究開発内容と近い学界、何らかの類似点はあるが別の研究開発の学界、全く異なる研究開発の学界の3種類の学界における研究発表や学会等に参加して、新しい「概念」に触れ、収集します。

③ コア・バリューの引き出しの結果、狙うべき事業分野をある程度特定すれば、同分野を対象とするファンドにLP投資して、投資候補案件の情報を大量・定期的に収集します。但しこれにはファンド投資という新たな検討要素が加わります。

④ コア・バリューの引き出しの結果、狙うべき事業分野をある程度特定すれば、同分野を活動域としているコンサルや顧問を雇って、投資候補案件の情報を集中的に収集します。但しこれには雇用費用がかかります。

新規事業開発の基点=ワクワクする個人

多くの経営層は、将来有望な社員の抜擢人事や社内公募で「新しい商売の概念を作り出す」という環境に配置し、「将来のトップ」として活躍することを期待しています。この経営方針は正しいのですが、基本的に、新規事業のアイデアを引き出すのは、組織ではなく各社員個人です。新アイデアとは極めて個的なものなのです。よって、

① 発案者が責任者となれること
② 発案者を受け入れ、支援する周辺組織があること
③ 商売づくりへのワクワク感、広範囲な好奇心、熱意、幅広い教養の4要素を持ち合わせる社員(企業内では結構、異能者として扱われているケースが多いです)を育成、囲い込み
④ 未来トレンドの分析に基づき新規事業開発の対象分野を設定してから、その分野毎の新規事業開発を行う、というような演繹的方法は採らないこと

という環境を整えることが大切です。アイデアは、個々人の幅広い教養の中で課題と解決策の「対角線的組み合わせ」(思いもよらない組み合わせ)という感じで生まれ出ます。

社内の新規事業開発の責任を負う中間管理職が「次第に社内調整にリソースを割かれるようになり、途中で失速する」と不満を感じるのは、その企業自体が①から④に示すようなアイデア創出の基点を備えていないという証左です。

本来は企業も「優秀な社員」を新規事業開発にあてたいはず。その人たちを既存事業部から新規事業部に配属させるかどうか、既存事業の責任者も「エース」を手放したがらないでしょう。しかも、新規事業の予算のもとは、既存事業が稼いだお金です、云々。

このような議論は、完全に的外れです。既存事業での「優秀」や「エース」であるということと、新アイデアを生み出せる人材とは必ずしも一致しません。一致しないからこそ、初めから①から④を新規事業開発の人材育成、配置の基点とすべきなのです。新規事業に投下する資金についても既存事業が稼いだ金を使うという後ろ向きの発想は全くの的外れです。企業が稼いだ金のより効率的な運用が、既存事業への投下なのか、新記事業開発への投下なのか、その配分判断こそが経営判断なのです。

新規事業開発のリーダーとは、リスクを負うことができる、楽しめるような社内の異能者の方が向いている可能性も高いです。歴史のある既存事業とは定義が違うからです。その人材が発案者であった際、彼・彼女を責任者とした体制作りは、経営トップの本気度によるのです。

新規事業開発の技術的な補足事項

発案者が責任者となり、彼・彼女が新規事業の提案、投資決定獲得、投資後の事業運営・管理までを一貫して行う体制がベストです。

PLではなくCFが新規事業の評価の原則です。投資回収期間による評価ではなく、一定期間中に投資額の何倍、何十倍のキャッシュを生み出すかを評価基準とします。

その事業を構成する諸仮説を明確化し、目標(定量的ゴール)から遡行してのマイルストーンを作成し、そしてそのマイルストーンによるリスク管理(予実管理ではない)を行い、マイルストーン毎に目標に向かっての事業運営の軌道修正を行います。

イノベーションの重要性を理解したうえで適切な判断を行い、協働による相乗効果が生まれるように環境や体制の整備。そのためには、「正しい評価体制」と「支援する環境の整備」が大切です。

※記事は執筆者個人の見解であり、パーソルキャリア株式会社の公式見解を示すものではありません。

ライター西村 昇氏

1975年、住友商事株式会社へ入社し、電力プラントの輸出業務、民間発電所の投資事業などに携わる。2004年に同社新規事業開発部長となり、ベンチャー事業への直接投資と育成を主管。2007年よりエンジェル投資家・インキュベーターとして独立し、上場会社、非上場会社の新規事業の開発・育成を支援。

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