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中期経営計画の立て方

経営全般・事業承継

2020年03月23日(月)掲載

中期経営計画をみる意味

随分昔、東証の上場申請書を作成していた。中期経営計画は5年間であった。7年間の長期経営計画書も作成した。私の大学院の指導教授はK先生で長期経営計画の大家だった。先生は亡くなった。長期経営計画も今は見ない。

ある繊維・化学業界の会社は40年も炭素繊維の開発に注力した。ファンドマネージャーに中期と聞いたら3か月或いは明日というかもしれない。中期というのは経営環境、事業特性によって様々なのだろう。重要なことは、先を観ること。同時に、過去を振り返り学習することは欠かせない。経営計画というのは、先を計画する以上に過去の戦略の実効性を観て、自社の能力を知り、そこから何を学習したかの方が重要だ。

3年先を観るという中期経営計画が無く、単年度計画しかない場合はどのようになるのだろうか。目先に終われ、他社の模倣を繰り返し、時流の変化に一喜一憂する。結果、アイデンティティを失ってしまう。中期または長期を観るということは、経営理念を確かめる場である。そして、3年継続しないとできないことを考える取り組みである。年度計画というのは、基本的にはプロセス・マネジメントであるので、戦術である。徹底実践のための方策書または対策書でなければならない。

中期経営計画をローリングすることは一般的であるが、年度計画をローリングしているものと近くなる可能性があり、リニアな発想で延長線を描いている可能性がある。何故、そうなるかといえば、人は安定を求める。よって、過去の取り組みを是として同様のまたは既存のパターンを繰り返す。中期経営計画を観るということは、既存のパターンから脱却するという発想で臨むことが最大の価値である。

中期経営計画の目次構成

経営計画の内容はビジネス・ヒエラルキーの構成と同じといってよい。多くはEnvisionとExecution(徹底実践)の2つに分かれる。Envisionは理念(普遍のものであり、これから語る計画の根底にあるもの)やビジョン(目指したいイメージ)そして戦略からなる。
戦略は全社戦略、事業(別)戦略そして機能(別)戦略に分かれる。全社戦略は企業戦略と組織全体にかかわるもの(例えば、組織再編など)に分かれる。企業戦略(Corporate Strategy)というのは各事業に対する資源配分またはシナジーに関するものである。一般的に事業ポートフォリオといわれる。事業戦略(Business Strategy)は各事業(部)の戦略である。事業が企業戦略となる。

機能(別)戦略とは、部門とほぼ同義である。例えば、営業戦略、人事戦略、物流戦略、生産戦略、開発戦略、購買戦略などである。

Executionは計画と業務である。予算制度、採用計画、投資計画など目標達成のためのプロセスや進捗目標を示す。業務というのはオペレーションのことである。Executionに関して中期経営計画で触れることは少ないと思うが、個人的にはここが一番気になる。何故なら、戦略と執行がリンケージしていないことが問題であるからである。

目次構成を大きくいえば、(1)前回中期計画の結果と学習(2)次なるビジョン(3)全社戦略(4)事業戦略(5)機能別戦略となる。細かくは次の図の内容になる。

中期経営計画の策定プロセス

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図の左側は事業戦略の一般的プロセスといってよい。過去レビューが内部環境分析にジョインしているのは、できなかった戦略の原因分析とその学習が活かされているかを示している。

理念/ビジョンの次に目標というのは一般的ではない。ビジョンを数値化したものが目標になるが、そもそもチャレンジブルであるはずだ。P.F.ドラッカーは経営とは目標であるとも述べている。戦略がビジョンと現状とのギャップを埋めるものであるならば、目標を明示することで努力の程度が見えてくる。100を110にするのと120にするのでは、環境分析の質も変わるはずだ。

SWOT(注1)を敢えて入れているのは、SWOTを有効に活用するためである。SWOTを単に分析手法で使うのではなく、アイデア創出の場として活用するとよい(注2)。多くの事業計画は過去の踏襲が多く、新たなアイデアは殆どないのが大半であろう。よって戦略の選択はなく、既に頭の中にあるアイデアを証明するために事業分析をしている傾向がある。

戦略の選択の段階で理念/ビジョンに戻っている理由は、事業計画の類を詰めていくと知らず知らずのうちに、ビジョンから遠ざかってしまっている、もしくは、関係ない雰囲気になっていることがあるからだ。策定している方は、とにかく、この経営会議を何とか乗り切り、予算を通して、早く現場に落としたい気持ちで一杯ということはないだろうか。“今までのものとあまり変わっていないし、そこまでおかしな内容ではないはずであるし、これでいいのではないだろうか。実際はやってみないとわからないのだから“。

この図は年度計画と同じではないか、という見解もあるだろう。その通りである。中期をどのくらいの期間でみるか、1年間でどこまでの状態にするかは中期の目標で決まってくる。例えば、機能別戦略の開発戦略は1年度で終わるものではないが、1年間でどこまでやるかは決める必要がある。

プランニングとしての左脳、クラフティングとしての右脳

経営戦略論のコラムでも触れた創発の話である。いかにして戦略をつくるかというのは分析的で左脳的である。しかし、如何に戦略が形成されていくかという視点に立つと景色は変わる。右脳の領域に入る。H.ミンツバーグは、マネジメントにあるアートの領域を明示している。人は何かを創作する際、指を動かしながら様々なアイデアを出しながら、自らのイメージ(ビジョン)のものを作り上げていく。

H.ミンツバーグは戦略形成を10学派に区分している。自身はコンフィグレーション学派で、これはアルフレッド・チャンドラーと同じである。配置や形態という意味であるが、環境変化(トランスフォーメーション)によって別の形態(コンフィグレーション)へ飛躍することをいう。

多くの優秀な人は思考が先行する、思考と行動は別であるという考え方を持っている。しかし、人は全てを予測できない。優れた分析とプランニングと資金を投じれば成功するというのは政府プロジェクトをみれば明らかだろう。戦略には意図的戦略と偶発的戦略がある。創発は後者で左脳は意図的である。先の経営戦略論でも触れたように新規事業の90%は当初の計画通りではない(注3)。明確な統計は示すことはできないが、偶発戦略の方が比率は多いといってよい。

そこで何が重要(必須)かといえば、思考と行動の関係である。行動が思考を触発する。試行錯誤を通じて戦略は形成されるということだ。特にVUCAの時代において、十分に予測すること自体が困難である。

経営計画立案プロセスに、如何にこの創発のメカニズム、知らず知らずのうちに形成されていくようなプロセスを組み入れるかが鍵となる。

多少乱暴にいえば、戦略のプランニングというのは戦略を創造するものではなく、既存の戦略をパターン化し、実行する手段である。プランニングを否定しているのではなく、偏重してはいけないということだ。創発は学習を前提とするので、学習とプランニングがリンケージしていないといけない。戦略思考というのは、戦略を計画し推進することではなく、変革を起こすタイミングを察知することである。戦略的能力又は戦略家とは、現場や顧客のことをよく知り、よく観察し、僅かなサインを察知し、思考を切り替える能力であといえる(注4)。

創発戦略という考え方自体は以前からあるが、現在に至っても、戦略を計画してその通りに実行するという思考メカニズムから脱却できていないのが現実ではないだろうか。

対策としては、事業上の実験を奨励し、現場や市場からあがる声を注視し、何かパターンがあるかを分析・検証する体制と文化を創ることだ。それこそが戦略形成プロセスといえるのではないか。よって、先の図は「戦略の実行」ではなく、「戦略の実験」として全社戦略、事業戦略そして機能別戦略へ、繰り返し、俊敏にフィードバックするループを描いた方がよい。


(注1) ハーバード・ビジネススクールのゼネラルマネジメント・グループの『Business Policy: Text and Cases』ケネス・R・アンドルーズによる開発。
(注2) “グローバル時代の多目的SWOT”(産業能率大学出版部)宮川雅明、伊藤裕一(著)SWOTの4領域から100の事業アイデアを出し、その中から戦略プライオリティを決めている。
(注3) “How Will You Measure Your Life? “ (Harper Collins USA 2012) Clayton M. Christensen
(注4) 創発に関しては、ヘンリー・ミンツバーグ“Crafting Strategy”HBR(1987)、「戦略サファリ」(東洋経済新報社)、「H.ミンツバーグ経営論」(ダイヤモンド社)を参考

執筆者M.M氏

大手コンサルティング会社を経て米国NYにてコンサルティング会社設立。自動車、電機、精密機器、家電などのメーカーや小売、物流、製薬、IT、公益法人など幅広い業種での支援実績を有する。事業開発・組織開発・人材開発の3領域を中心に、多様な課題を解決してきた。英国国立大学大学院の特定教授。

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