【後編】企業の成長に不可欠なIT戦略及びIT投資 ~ 企業収益向上への鍵となるIT戦略 ~ 

システム

2020年10月13日(火)掲載

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企業のIT投資額の考え方

【前編】コラムでは、『~ 経営戦略と両軸をなす重要なIT戦略 ~』ということで解説させていただきました。
この【後編】コラムでは、より具体的にIT戦略やIT中期計画策定の考え方、更には企業の皆様からもよくご質問をいただくIT投資への考え方についても、解説させていただきます。

【前編】コラムでも少しふれましたが、従来から言われている「企業の売上の1%のIT投資」という考え方は、ERP等が普及してIT保守費や固定費が増大してきている昨今では、これだけの投資をIT関連の毎年の固定費に使うと、企業の経営戦略に関わる更に重要かつ多大なIT投資が必要になった際に、やりくりが難しくなるケースもあります。これについて、「図3. これからの企業のIT投資可能額の考え方」にて、図示していますので、先ずは図3をご覧ください。

図3. これからの企業のIT投資可能額の考え方(筆者作成)

つまり、どのような戦略を考える際にも「リスクファクター」の考慮は必要ですが、IT戦略やIT投資を考える際にも、図3に示されてるような「IT投資リスクファクター」を考慮した上で、IT投資を考える必要があります。

具体的には、近年、企業の基幹システムとしてERPパッケージを利用されている企業も多いのですが、ERPパッケージの機能拡大や多様化によってますますコストが増大し、毎年のIT保守費等に必要な経費(固定的な出費)も多額になってきています。
ところが、【前半】コラムの「図2.IT戦略の重要性イメージ」の中でも解説させていただきましたように、このIT戦略イメージの1階部分にあたるERP等の固定費にIT費用を使いすぎると、企業の収益拡大に必要な2階や3階部分のIT投資に余りお金をかけれない、というリスクが発生します。
よって、「図3.これからの企業のIT投資可能額の考え方」の下の方の「リスクを考慮した着実なIT投資への考え方」にも書いているような対応が望まれるわけです。

そして、トータルなIT投資額(IT予算)としては、企業の経営戦略や経営中期計画をベースに策定すべきIT戦略やIT中期計画のなかで、企業の営業利益の見込みや戦略投資も考慮しながら、IT投資額も中期予算として計画した上で、決定する必要があります。
しかし、
昨今の世の中、何が起こるか分かりませんので、企業の利益もどうなるか見通しが立ちにくいでしょう。
そこで、リスクファクターも考慮の上で、「企業の売上の1%のIT投資」でなく、
「企業の営業利益の10%以下を年間のIT投資(特に固定費)にあてる」という考え方でIT中期計画をたて、これをIT投資額のベース経費として考慮の上、それ以上に発生するIT投資額(つまり、IT戦略構想の2階及び3階部分)をIT戦略、IT中期計画の中で予算化するほうが、リスク対応面では良いでしょう。
というのも、企業の利益率というのは、業種や企業規模によって大きく異なり、同じ1000億円の売上の企業でも、利益率が20%の企業と5%の企業では、IT投資への考え方も大きく違ってきます。

例えば、企業Aが売上1000億円で利益率も良くて20%と仮定すると、年間の利益額は200億円となり、その10%の20億円もの予算をIT投資にかける余力があります。
すると、毎年のIT保守費等の固定支出で、仮に10億円かかっていても、まだ10億円分の余力があり、これを更なるIT投資に使うことが出来ます。
仮に年間利益率が半分の10%に低下したとしても、IT投資予算額は10億円ありますので、当面はIT投資(IT固定費)への影響はありません。

一方、企業Bの売上が企業Aと同様の1000億円でも、利益率が5%であると仮定します。
すると、年間の利益額は50億円となり、その10%をIT投資にかけるとすると、5億円が最大額となります。そして、もし仮に、毎年IT保守費等の固定費としてIT投資可能額の最大の5億円かけているとしましょう。

すると、企業Bの場合は、売上ではなく利益でIT投資を考えれば、たとえ利益率が悪くなっても、企業全体としての原価低減のやりくりで、ITシステムの現状維持は最低限可能なのです。もし、売上の10%である10億円をかけていれば、即見直しが必要となりますが、IT固定費の急な削減はかなり難しいでしょう。
(但し、この企業Bの場合、IT固定費を更に削ることは難しく、新たな経営戦略に伴うIT投資額がそもそも不足しています。もし景気が悪くなり、利益率が下がれば、IT投資額の現状維持も難しくなるでしょう。よって、企業Bの場合は、年間のIT投資固定費は、利益率が悪いので利益率の10%でなく、5%程度(=2億5千万円程度)を毎年のIT投資(IT固定費)として、残りの半分の2億5千万円は、IT戦略に伴う追加投資(余力分)として考えておく方がリスクは少ないでしょう。)
よって、企業規模や利益額によっても、IT投資額は大きく異なるということです。
これは一例であり、企業のIT投資額に関しては、図3で引用しています、「IT投資価値評価に関する調査研究レポート」も参考に、IT投資額が企業のメイン業務の利益創出にどれだけ貢献出来るかを投資評価の一つの指標として、また経営中期計画の中の利益率予想等も勘案しながら、IT中期計画の中でIT投資額も予算化されるのが良いでしょう。

企業のIT中期計画の策定例

ここではIT投資のベースとなる、IT戦略及びIT中期計画について考えてみましょう。
一例として、仮にある企業が経営中期戦略として、海外に主力生産工場を設立し、これにより収益向上を狙っているケースを考えてみましょう。
当然、10年ほどの長い計画になりますが、これを簡略化し、これに沿ってIT戦略も考えてみましょう。
下記の「図4.企業のIT中期計画の策定(ロードマップ)例」をご覧ください。

図4.企業のIT中期計画の策定(ロードマップ)例(筆者作成)

図4.はIT中期計画をロードマップとして、上記の海外主力生産工場の設立部分の経営中期計画を引用(上のグリーンの矢印の部分)し、これに対応したIT中期計画のロードマップ(下のオレンジの矢印の部分)を示したものです。
前提として、この企業は、既にERPパッケージを導入済みで、国内で使用しているとし、現状海外への展開対応はシステム的に一切考慮されていない(但し、ERPパッケーシ基本機能として海外対応も可能)とします。それ故に、海外工場の業務対応への見直し、システムの改修やエンハンスも当然必要となります。更に、海外工場では、工場制御・運用に最新の生産設備に加えてOT(Operational Technology)として、ITシステムとも連動する最新の生産・管理機器も導入予定ですので、当然ERPもこれらと連動してのOT&ITということで、有効活用されて初めて投資効果がでる設定とします。

図4.は上記の前提をベースに、シンプルな形としてロードマップを例示したものであり、実際にはもっと綿密なIT中期計画、これに伴うIT投資の予算化が必要となりますが、イメージはお分かりいただけると思います。
つまり、IT戦略イメージの1階部分で導入したERPパッケージが、この3階部分(工場のOTとの連携)で初めて収益効果がでてくるのです。
 言い換えると、この1階部分で導入したERPパッケージが国内のみに使用できるERPパッケージであり、海外対応どころか、3階部分でのOTとの連携時に全く機能的に使えないものであったとすると、企業の経営戦略とIT戦略にミスマッチがあったということになります。
このように、企業の経営戦略(経営中・長期計画)とIT戦略(IT中・長期計画)とは密接な関係にあり、【前編】コラムの図1及び図2において、私は「経営の両軸」(経営戦略とIT戦略)と表現した次第です。

既にご紹介しました、経済産業省委託調査レポート「IT投資価値評価に関する調査研究」の1ページの「はじめに」にも、以下のように書かれています。

『経営判断にあたり、膨大な情報を処理するためにシステムは必須不可欠のものであり、
新しい事業の企画にあたってもIT 利用の巧拙が成果を大きく左右する。
また、IT への依存度が高ければ高いほど災害・セキュリティなどのシステムリスク対策上、
経営としてもIT への対応を求められている。
即ち、IT をいかに駆使し統制するかというIT 戦略は経営戦略といっても過言ではない。』

これはまさに、私が図1や図2の中で表現した「経営の両軸」を、言い換えたものと言えるでしょう。

おわりに:企業の収益拡大に向けて

最後に、今回の【前編】及び【後編】コラムの骨子を纏めると、以下のようになります。

(1) 経営戦略(経営中・長期計画)策定のタイミングで、これをベースにIT戦略(IT中・長期計画)も併せて策定し、「経営の両軸」とする。
(2) 企業のIT戦略を考える際には、経営戦略及び経営中期計画を良く認識した上で、企業のIT戦略(特に企業の収益向上につながる3階部分(IT&OT)を意識した上で)を策定する。特に、1階部分(土台部分)に相当するITシステムを良く検討した上で、これをベースとしたIT中期計画を策定する。
(3)IT中期計画をもとにIT投資を考える。そして、その際には、経営戦略をもとに、「企業の利益の見通し」予想を良く認識した上で、更に現状のIT投資額(IT固定費)も見直しを行い、IT戦略からぶれない、かつ将来のIT投資効果(IT戦略イメージ図の3階部分の「企業収益への貢献度」)もできる限り定量的に加味して、IT投資額を考える。

これらが明確になれば、ITシステムへの投資額に対して、今はその効果が目に見えていなくても、決してぶれることなく、IT投資に対しての経営判断ができると私は考えております。

昨今の企業経営はIT抜きでは考えられない時代となっています。そして、このことは今後ますます既成事実となるでしょう。
それ故に、IT戦略やIT投資を決して安易に考えずに、上記の(1)~(3)も常に意識していただいた上で、更なる企業の収益拡大、ビジネス成功の為にも、ITを有効活用されることを節に望む次第です。
そして、そのためには、まずは、企業として今の複雑な環境やグローバル社会のなかで、如何に企業の収益を上げて行くかという企業の経営戦略がまずは不可欠です。
更に、これをもとに、もうひとつの軸であるIT戦略を策定して実現させるためには、社内の情報システム部門のみでなく、関連業務部門も含めた全社的な組織や体制等々の課題、更には関連業界や国の制度も含めた様々な課題にも対応して行かないといけませんが、これはまた別のコラムにて解説させていただくこととしましょう。

執筆者H.K氏

大阪大学工学部卒業後、電機業界の大手企業に入社し、情報システム事業部門勤務。米国への社費留学にて、コンピュータサイエンス修士号取得後、米国・東南アジア・欧州の関連会社に出向駐在を経験。日系企業の基幹システム導入支援等を多数実施。定年後はITプロ人材として活動中。英語・海外関連著書30冊以上あり

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