社内弁護士経験者が語る グローバル法務体制構築のポイント

法務・ガバナンス

2020年03月19日(木)掲載

海外で事業を展開する日本企業にとって、海外の子会社や支店等(ここでは、海外子会社としましょう)をどのようにコントロールするかは、頭を悩ます問題です。法務体制も同様です。
どのようにすれば、グローバルな法律問題に対応できるでしょうか。

グローバル法務の両極端なモデル

最初に、両極端なモデルを考えます。

一方のモデルは、海外子会社の法務責任者(ジェネラルカウンセルなど)に任せきりで、本社法務が全く関与していないモデルです(独立型)。これは、現地の会社を買収した場合に多く見かけられます。海外子会社の、買収以前からの組織体制を尊重し、日本の法務は余計な口出しをせず海外子会社で完結してもらうことで、海外子会社自身に経営責任と自覚を持ってもらおう、という発想です。

他方のモデルは、海外子会社に法務担当者がおらず(あるいは兼任)、本社法務が直接対応しているモデルです(従属型)。これは、本社が自ら現地に工場を建てて本社が直接運営しているような場合に多く見かけられます。海外子会社が独立した会社として必要な機能の一部(ここでは法務機能)を有していないため、本社法務が現地弁護士を探して直接対応する、本社法務の担当者がときどき訪問して対応する、現地の法務担当者(兼任者が多いでしょう)を本社法務が直接コントロールする等の体制です。

両極端なモデルを示したのは、その優劣を議論するためではありません。実際の体制は、この両者の要素のバランスによって決まるべきものであり、それぞれの要素やポイントを把握しておくことで、会社に合った体制作りが期待できます。
そこで、この両極端なモデルの分析を通して、グローバル法務体制構築のポイントを考えましょう。

グローバル経営から考える法務機能

まず、グループの中での海外子会社の位置付けから見てみましょう。

海外子会社でも、連結対象ですらなく、商品やサービスのシナジーも薄いような場合には独立性が強くなります。逆に、連結対象であったり、サプライチェーンに組み込まれていたり、取引先がグループ内のみである場合には従属性が強くなります。

この、現実的な状況に合わせて法務の関与の程度を変えていく、という割り切り方も可能です。独立性が強いため関与しないでおこう、従属性が強いため現場の法務機能は不要だろうという発想です。ステレオタイプなスッキリとした考え方であると言えるでしょう。

しかし、グループ全体でリスクをコントロールすべき必要性は、程度の差こそあれ、両者で共通しています。海外子会社で不祥事があったり、海外子会社の経営に失敗して大赤字を出したりすれば、グループ全体に影響を与えるからです。しかも、世界経済の一体化が進み、ビジネスが国境を超えることが当たり前になりつつ、他方で各政府が国家の独自性を強める場面も多くなってきました。法的リスクも、このグローバル化とローカル化の両方が絡み合い、複雑化しています。

この観点から見れば、独立型の法務のあり方は問題です。
独立型の場合、極端な場合には本社法務が海外子会社の法的リスクに全く関与しないことになります。そうすると、本社法務はグループ全体の法的リスクに関与しておらず、グループ全体の法的リスクを一体として把握し、コントロールする人が存在しないということになるからです。

他方、従属型にも問題があります。
従属型の場合、極端な場合には海外子会社に法務機能が無いことになります。しかし、仮に資本関係だけでなく、原料や製品まで全てグループ内の会社とやり取りをしているとしても、例えば現地従業員との雇用関係に関連して発生するリスクや、現地の環境問題など、現地ならではの法的リスクは無くなりません。全てを社外の法律事務所に任せるような方法もあるでしょうが、海外子会社のビジネスが大きくなるにつれて、さらに、上記ローカル化による複雑なルールが増えるにつれて、社内に法務機能の必要性を感じるようになるのは当然のことでしょう。

すなわち、独立型の場合には、海外子会社の法務との連携が重要な課題となり、従属型の場合には、海外子会社独自の法務機能を作り上げていくことが重要な課題となります。

これは、会社経営上の問題、すなわち、海外子会社の自主性とグループ全体の一体性のバランスの問題と連携して考えるべき問題となります。
すなわち、法務機能も、海外子会社の自主性を高めるために、海外子会社の法務機能を高めるべき側面と、グループ全体の一体性を高めるために、海外子会社のコントロールを強めるべき側面があります。法務機能も、この両者の両立のさせ方やバランスのとり方が重要になってくるのです。

グローバル法務の制度設計(デュアルライン)

まず、制度設計を考えましょう。

海外子会社の法務部の位置付けとして、上記の両極端なモデルから考えます。
ここで、海外子会社の法務責任者のレポートラインを中心に整理すると、独立型のように、現地経営者(又はその下の役員)をレポートラインとするモデルと、従属型(その中でも、現地に法務担当者がいる場合)のように、日本の本社法務部をレポートラインとするモデルが考えられます。

けれども、欧米の会社では、このどちらでもない「デュアルライン」モデルが多く採用されています。これは、私も実際にいくつかの会社の社内弁護士時代に体験したモデルです。

どのようなモデルかというと、海外子会社の法務責任者(多くの場合、ジェネラルカウンセル)は、海外子会社の経営者と本社法務部の両方をレポートラインとするモデルです。
例えば、海外子会社の法務責任者は、重要な法的リスクに気付いた場合、現地経営者と本社法務に報告する必要があります。逆に、現地経営者からも、本社法務からも、法的問題についての調査や対応を指示されます。さらに、給与やボーナスに関する人事考課も、現地経営者と本社法務の両方から行われます。

このような話を聞くと、とりわけ海外子会社の法務責任者は、例えば両者の板挟みになるなど、立ち位置や仕事の進め方が難しいのではないか、本当に機能するのか、と疑問に思うでしょう。実際、私も日本支店(海外子会社)の法務責任者(ジェネラルカウンセル等)になった当初はそのように感じました。

しかし、海外子会社の法務責任者を経験して、それほど難しい問題ではないことがわかりました。

つまり、グループ会社内の各会社の法務を、全体として「一つの法律事務所」、すなわちグループ会社全体を顧問先とするグローバルな「一つの法律事務所」と位置付けます。海外子会社の法務部は、この「一つの法律事務所」の海外支店です。そうすると、海外子会社の本社法務に対する関係は、「一つの法律事務所」内のレポートラインとなります。他方、海外子会社での法務と経営者の関係は、「一つの法律事務所」とクライアントの関係になります。

このように位置付けることで、海外子会社の法務責任者は、クライアントである現地経営者の意向に沿ったサービスを提供する一方で、法律事務所としての一体性を維持すべき立場に立つと整理できます。このように整理すると、法律事務所内で分担して一つのクライアント企業をサポートしている場合の役割と同じになります。国を基準に分担割りするか、法分野(独禁法、労働法、会社法、等)を基準に分担割りするかの違いはあるかもしれませんが、顧客をチームでサポートする、そのようなイメージです。

グローバル法務の運用(デュアルライン)

このように、デュアルラインの仕組みは分かったとしても、実際にうまく運用させることが重要です。
 
ところが、日本の会社はデュアルラインの運用が下手だと言われます。
その理由の1つに、海外子会社の経営者に遠慮してしまうという点があります。
これは、海外子会社の法務責任者が現地経営者の部下であり、あまり仕事を押し付けられない、あまり秘密を聞くことができない等という心情的な遠慮であると考えられます。さらに、本社の仕事をすることで海外子会社の仕事が疎かになりかねない、経営者に不信感を持たれてしまい海外子会社の法務責任者の地位が危うくなる(したがって、せっかく獲得したデュアルラインの影響力を失いかねない)という、経営上・組織上の心配もあります。

しかし、これについては逆の発想が必要です。

本社が現地経営者の任命権を有している(筈である)以上、仮に現地経営者が海外子会社の法務責任者を不当に解雇しようとした場合、本社が現地経営者を解任することで、その地位を守れる筈です。たしかに、板挟みにしてしまう後ろめたさはあるでしょうが、それは会社勤めである以上、どのような立場の人でも少なからず直面する可能性のある状況です。けれども、本社に直接つながるラインがあることの方が、独立型よりもその地位はより安全です。例えば、現地経営者が不正を働いた場合、本社に直接つながるラインがあれば、海外子会社の法務責任者だけ救われる可能性が残ります。しかし、それがなく、独立型であれば、現地経営者と一蓮托生になり、さらに酷い場合には、現地経営者の代わりに責任を負わされ、トカゲのしっぽ切りの被害者になってしまう危険すらあるのです(外資系の会社では、時々見かける現象です)。

すなわち、海外子会社の法務責任者に対して本社との強いパイプを作ることで、海外子会社の法務責任者の、海外子会社内での発言力や存在感を高めます。当初は、既存秩序の変化に伴う反感があるかもしれませんが、状況変化に慣れれば、現実を理解し、受け入れられるはずです。本社法務が海外子会社の法務責任者の希望に応え、本社法務の仕事を海外子会社にしてもらうことで、海外子会社の法務責任者の、海外子会社における発言力や存在感を高め続け、その立場を安全にするのです。さらに、このようにパイプを太くすることで、グループ全体のリスク対応力が高まっていきます。

このように、遠慮や心配から手をこまねくのではなく、むしろ海外子会社の法務責任者に対しては、積極的に関与することが、良い結果につながります。また、以上の検討から、デュアルライン制度は、海外子会社の現場に任せつつ、コントロールを強くする、という両方を目指した制度であることが理解できます。

グローバル法務の実務上のポイント

それでも、運用上の弱点があります。
 
それは、海外子会社の法務責任者に、仕事について言い訳をしやすい状況を与える点です。
例えば、一方で現地経営者に対して、本社法務からの仕事で忙しいと述べ、本社法務に対して、現地経営者からの仕事で忙しいと述べることができてしまいます。あるいは、両方の目の届かないところで悪巧みをする危険もあるでしょう。
このようなデュアルラインの盲点を減らすためには、本社法務と現地経営者が、定期的に情報交換を行うことが有効です。間に海外子会社の法務責任者が入っているので、お互いに変に隠し事をしたり、政治的な配慮をしたりする余地がなく、かえって、海外子会社の法務責任者の仕事ぶりをそれぞれの立場から率直に評価して検証することができます。また、海外子会社の法務責任者に対しても、自分の知らないところでそのような話がされているということだけで、大きな牽制となります。これは、実際に牽制されていた私も経験したことです。
 
そして、海外子会社の法務責任者だけでなく、法務部門全体が、グループ全体の「一つの法律事務所」のメンバーであるという意識を共有し、グループ全体のために働くことが、自分自身や現地法務部門のためだけでなく、海外子会社のためにもなるということを理解してもらうことが重要です。そのためにも、海外子会社の法務部門とのコミュニケーションを意識的に増やし、濃くしていく、という配慮も重要となります。

執筆者I.A氏

早稲田大学法学部卒業、ボストン大学ロースクール卒業。綜合法律事務所、社内弁護士(おもに金融業界の複数企業)、新規産業分野の支援に特化した法律事務所を経て、2020年から弁護士法人パートナー。東弁労働法委員会副委員長等を務める。「法務の技法」シリーズ(中央経済社)等、著書・講演実績多数あり。

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