企業のグローバル化を支える「人事部のグローバル化」とは ~企業買収後のPMIの事例紹介

人事

2019年08月23日(金)掲載

キーワード:

事業拡大のため、海外企業を買収・吸収合併してグローバルに事業展開をする企業も多くなってきています。従来の会社の人事部は、平均的に給与・報酬計算、採用、人材開発、研修、制度・規程の作成や管理などが主な職務でしたが、様々な企業や組織がグローバルに成長しつつ収益力の最大化を図る中で、人事部の機能・役割も多様に変化してきており、企業のグローバル化と同時に「人事部のグローバル化」も進められています。

企業や組織のグローバル化のニーズは様々で、人事部の変化も一様ではありませんが、ここでは、あくまで一例として、ある一般的な日系企業がグローバル企業を買収してグローバル化を進める予定であると想定し、その人事部がどのようなことを準備し、実施すべきなのかを考えてみましょう。

企業買収とPMIにおける人事部の役割

買収によって異なる組織を会社の一部として統合するには、買収前と買収後に様々な検討と準備が必要です。買収後のPMIを適切に行うことを見据え、できる限り買収前に人事部が買収対象や事業の人事労務の実態を把握し、人事上のリスクなどの有無を分析します。

そして、主に以下のような点において事前調査・情報収集を行い、適宜対策を実施します。

● 従業員数(国・職種・雇用形態別等)の現状、推移
● 会社の組織構成
● 経営メンバー、幹部社員、ハイパフォーマンス・タレントの情報(職務内容、評価、スキルや経験等)
● 人事部の組織構成・人員
● 人事インフラ、IT・システム等
● 人事と連携している顧問弁護士、社会保険労務士などの外部の相談先
● 外部ベンダー等へアウトソースされている人事業務の内容
● 人事評価制度、人事評価の内容・結果(過去5年間分等)
● 給与・報酬制度、株式報酬制度、福利厚生制度、各種人事制度の詳細
● 等級・職種別の労働条件の詳細
● 労務管理・労働契約の内容
● 給与・報酬、福利厚生、退職金等の費用、その他の人件費
● 就業規則、各種人事規程
● 離職・休職・傷病等の発生原因と主な事由
● リテンションや退職等に関わる合意事項、コンプライアンス等
● 買収等を契機として生じる一時金等の有無
● 係争案件の有無・内容、懲戒事案の有無・内容等
● 労働組合や労使関係の情報、労使協議の必要性
● 従業員とのコミュニケーション等
● 従業員の意識やカルチャーに関する留意事項(従業員意識調査の結果等)

また、「買収対象の優れた人的資源の獲得・維持」は買収の主要な目的の一つでもあり、その達成は人事部の重要な役割です。特に、経営メンバーや幹部社員の誰をリテンションの対象とするのか、リテンション戦略の構築・伝達においても、慎重な検討・準備が必要です。海外企業では、買収などを契機に転職をしたり、労働条件の改善を交渉することは通常の行為であり、買収する企業や事業を更なる成功に導く人材を繋ぎ止め、ジョブ・マーケットへの流出を防ぐことが肝要です。

さらに人事部は、買収対象者が買手傘下に入っても良いと思えるだけの条件を含めたオファーをタイミングを逃さずに提供し、適宜「労働条件の交渉」も行います。有効な条件交渉等の為には、事前に給与・報酬、役職や責任範囲、レポートラインなども網羅的に検討し、その国や地域の同業他社の給与・報酬レベル調査のデータ収集なども行います。

「人事制度・規程等の統合」は、買収後に適宜必要となります。人事部では、その統合前の移行措置の構築を含め、統合後の制度・規程等の根幹となるグローバルでの共通事項を設定します。また、各国の人事部メンバーや専門家と労働法、慣行等のローカル性の高い事項の詳細をよく検討し、各国でのスムーズな事業運営に利するよう、非共通事項も設定します。

買収による組織や人材への影響も細かく把握し、従業員に無用な不安を与えないよう、適切な情報を適切なタイミングで開示する「従業員コミュニケーション」も、人事部の役割です。労働条件が承継されたとしても、従業員の個別同意が必要になる場合もあり、人事部がそのプロセスをサポートします。

会社の信頼を保ち、従業員のエンゲージメント・レベルと雇用の安定を図るため、「グローバルに給与が遅滞なく支給される体制の整備」も、人事部の担当業務です。その整備には、各国における買手の現地法人と買収対象会社の給与ベンダー、福利厚生ベンダー等のオペレーションを統合する必要があります。

人事部が会社の制度、オペレーション、組織の統合を支援し、グローバル化を進められれば、グローバルな事業戦略が達成しやすくなり、ガバナンスを高め、コストを削減することが可能です。

買収後の企業価値の向上のために、人事部が支援すべきこと

買収後の企業価値を上げることを前提とした新たな事業計画の実現をサポートする為、人事部が行うべき重要な役割には、例として主に下記の点が考えられます。

1) 買収前の初期段階から、買収対象会社の経営陣と買手側の経営陣の双方が、PMIに同程度関与するように計画する
どちらか一方だけの関与になってしまうと、当事者意識が無くなり、PMIにおいてバランスを欠いた状態になり、後々様々な問題が起こる原因となります。

2) 買収対象の経営陣の役割、責任、権限を明確化する
買収側のマネージメントと人事部が協議し、PMIにおいて対象会社の経営陣が有する権限の範囲、またそれを超える場合、誰が何をどのように意思決定をするのかを決めておきます。事前に決めておくことで、買収後の組織における混乱を防ぐことができます。

3)グローバルな人材マネージメントを実現するための方針・インフラを構築する
事業のグローバル化を支援するため、グローバル・タレント・マネージメントができる方針や体制を早期に整備します。買収前の日本国内のタレント・マネージメントと同等に、グローバル全体で全てのタレントが隈無く考慮され、優秀な人材がグローバル・キャリアパスを構築できるようにすることが肝要です。

人事部のグローバル化で、グローバル企業と日系企業の違いを乗り越える

グローバル企業では、その法人毎(または国毎)に明確な年間業績目標が定められ、ターゲットやコミットメントと表現されることが多くあります。また、目標の達成度を基準として、各法人に割当てられるボーナスの原資額や次年度の予算額が増減することもよくあります。

さらに、経営トップを含む経営陣の意向がトップダウンの形で各事業や部門に伝達されます。一方、日系企業では、逆のボトムアップ方式が多く、各事業や部門から目標等を集約したものを全社目標として形成し、絶対的なコミットメントよりも事業成長における努力目標と位置付けるケースも見られます。

また、組織や職務の構成においても異なる点が多くあるでしょう。グローバル企業では、各ポジションの職務内容がジョブ・ディスクリプションと呼ばれる職務記述書によって定義され、組織内の責任や役割範囲が明確に分けられています。定められたポジションとその職務内容や等級などに基づいて組織が構成され、それに準じて採用・異動、人事評価、給与・報酬設定なども行われます。

それとは異なり、日本企業では、主に等級制度や給与制度を主軸として職務内容やその責任・役割範囲が紐付けされ、評価や入社年度等も考慮の上、様々な部署や職務をローテーションさせながら、組織人として多種多様な経験を積ませています。

今後、グローバル企業が成功するには、こうした国や地域、慣行、文化や出身の違いを工夫により乗り越え、変化を恐れずに買収の前後で人事部をフル活用すること、また、組織の運営方法や人事関連諸制度の統合等はためらわずに実施し、全ての人的資源を最大限に活かすことが重要と思われます。

ビジネスのあらゆる変化に応じて、柔軟性をもって調整し順応してゆくため、人事部の機能や役割も多様に変化させてグローバル化を進めることが肝要です。そして、人事部の適切なグローバル化は、企業のグローバルな事業運営・拡大を成功に導く大きな要因の一つとなることに間違いないでしょう。

ライターアルボーレ株式会社 代表取締役 吉野 匡毅氏

外資系・日系グローバル企業等で23年以上の人事実務・人事担当取締役等を経験。日英2ヶ国語による組織変革・人事コンサルティングを専門とし、コンサルティング会社や多様な業種・規模の国内外企業において人事担当顧問、グローバル化、人事制度・機能全般改善、評価・給与報酬制度改革などを実施。

関連コラム