製造業におけるシミュレーション技術「デジタルツイン」のインパクト

システム

2020年07月27日(月)掲載

従来から活躍するシミュレーション技術

シミュレーション技術は製造業において盛んに活用されてきました。活用の場面は多岐にわたっており、製品設計段階の製品の評価、生産ラインの評価、サプライチェーンの評価などがあります。設計・開発の分野では、構造解析、流体解析、強度計算などのシミュレーション、物流分野でもトラックへの積み付けのシミュレーション、配送経路シミュレーションなど、物理的な実環境ではコストや時間のかかる試作や実験をコンピュータ上で試行錯誤して本番に備えることがシミュレーション技術により可能になっています。一般的には飛行機のフライトシミュレーションや宇宙飛行士の訓練に使われる操縦シミュレーションなどの認知度が高いのではないでしょうか。
近年では、身近な製品も複雑化や組込みソフトウェアの大規模化により、事前検証が困難になっている中、製品ライフサイクルの短縮により十分な開発期間も確保できない傾向にあり、シミュレーションによる事前検証やテストの重要性が一層高まっていると言えます。

今回は3つのシミュレーション事例と「デジタルツイン」のインパクトについて解説したと思います。

(1)製品設計段階でのシミュレーション

製品開発の段階で要求されるのは、顧客が求める機能を実現することはもちろんですが、原価を安く抑えることであり、そのため材料費や加工費がかからない設計にしなければなりません 。量産品については安く早く大量生産できる製品設計を生産技術と連携して実現することが必要です。
 
材料をどこまで安くできるか、量産するためにどのような設計をすればよいか、自動化(自動生産)のためにはどのような設計条件が必要なのか、自動化設備を導入する場合には設備の仕様にも関わってきます。設計次第では設備に大きな投資が必要になりますが、その逆もあります。試作品を実際の生産ラインで製造しなくても開発段階の設計情報と生産設備等の情報(=デジタルツイン)を活用して生産シミュレーションを行い、量産した場合の評価を短時間で実施することが可能なのです。

(2)生産・製造シミュレーション

生産・製造シミュレーションは2通りの使い方があります。一つは日々の生産スケジュールを策定するために使うスケジューラとしての活用、もう一つは生産工程、生産ラインを新設する際や、改善・変更する際に事前に評価・確認するための使い方です。

① スケジューラ
生産管理で最も手間のかかっているものは、小日程計画や1day着工指示といった詳細な生産スケジュール策定です。例えば10工程ある生産ラインの場合、製品によって工程のタクトタイムが異なる、或いは生産する品種を変更する場合の段取り替えの時間が必要な場合があるため、長期間で大量に生産したい場合は、できるだけ段取り替えをしない計画にします。しかし、ものづくりの基本はJIT(ジャスト・イン・タイム)です。今日・明日必要のないものを生産するのは原則ムダとなります。

また、生産するための部品の有無の確認や単納期の受注が急に入った場合は、スケジュールを作り直さければなりません。そこで、設備の能力や段取り替えの時間などの製造情報がデジタル化されてマスターデータとして整っていて、タイムリーに受注情報や、部品の納入状況が取得できていれば(すなわちデジタルツインができていれば)、人が考えてスケジュール策定せずとも、シミュレーションモデルで検証することで約束している納期を守り、どのような順序で何を製造すればよいか自動作成することができます。
 
10工程のラインを例にとりましたが、汎用設備を複数備える多品種の金属部品加工の製造現場は一直線のラインにはならず、ジョブショップ型と呼ばれる生産形態をとっています。金属を切断、切削、プレス、溶接などの工程が独立して配置されていることが多く、何をいつ加工するかは従来からの組み合わせが多すぎるが故に、コンピュータでも最適解が出せない分野でもありました。しかし、今では高い確率で最適解に近い結果を出すことが可能です。

半導体製造も原材料であるシリコンウェハー上に微細な加工を施しますが、同じ設備を繰り返し使用するため、品種別や繰り返し回数(何回目か)別にどの順番で何を設備に投入するかというスケジューリングの研究が行われ、実用もされていました。まさにシミュレーションモデルとデジタルツインを活用した事例ですが、今や様々な業態に応用可能な技術となっています。

② 生産ラインシミュレーション
スケジューリングで使用するシミュレーションモデルと同じモデルを使用することで、さらにライン編成や設備レイアウトを変更する際に、事前に変更案を検討することができます。製造部門で改善案として取り上げられる以下の事例で説明しましょう。

一つ目は工程連結をする場合ですが、連結する工程の能力差が問題になります。製品の種別によるタクトタイムの差や人の作業の場合は習熟度による違いが工程の間の仕掛(滞留)になり、そもそもの目的(中間仕掛をなくし製造リードタイムを短縮する)を達成できません。従って、事前にシミュレーションモデルを構築して十分な検証を行うことがポイントになります。

二つ目はライン生産をセル生産に変更する場合です。セル生産では一人の作業者が多くの工程をこなすため、作業者の習熟によるタクトタイムのバラつきが問題になります。難しい作業や作業者の入れ替わりの多い製造現場では安定して生産量を確保できません。また一人が急に休暇を取得してしまうと、代わりがいないために生産能力が落ちてしまうこともあり、そのような問題に対して定量的にリスクを計算できるのもシミュレーションです。

三つめが自動化を行う場合です。従来と製造方法が大きく異なる際や自動化には大きな投資が必要な場合が多く、投資対効果を事前に正確に検証することは大変有意義です。事前に製品の情報や工程の能力を定義したデジタルツインがあれば、対象工程を新設の設備の能力に置き換えることで、シミュレーションによる事前検証を行うことができます。

その他、搬送距離をどれだけ短縮できるか、部品のマテリアルハンドリングの頻度や部品倉庫のレイアウト、ライン生産における工程数(人数)の最適化など、デジタルツイン=シミュレーションモデルがあることで、テーマ、目的に応じて様々なシミュレーションを行い、短期間で高効率な生産ラインの構築が可能になります。

(3)サプライチェーン・シミュレーション

生産ラインシミュレーションの使い方をさらに拡大すると、材料・部品のサプライヤーから製品倉庫を経て顧客に納入されるまでのサプライチェーンのシミュレーション活用も視野に入ってきます。ここで評価する重要ポイントは、適正在庫と納期遵守率の両立の問題です。

需要予測が困難で多品種の製品を生産・販売する場合、顧客満足度=納期遵守率を上げるには、多くの在庫を持つことが簡単な方法です。失注や顧客の納期に対するクレームを受けないためには、すべての品種で多くの在庫を持つことができればよいのですが、製品在庫が全て販売=回収できるかというとそれも困難です。売れない製品が必ず残り、安い値段で販売するか、それでも売れない場合は廃却、すなわち掛かったコストがすべて回収されない最悪の結果になります。従って、在庫を持ちすぎるとキャッシュフローがたちまち悪化して会社の存続に大きな影響を及ぼす場合があるのです。

製品在庫で持てない場合は、部品で在庫をたくさん保有して、製造が短いリードタイムで多品種の生産に対応すればよいと考えます。では、部品在庫をどれだけ保有すべきなのかという問題が次に浮上します。売れ残りやすい「完成品」で在庫を持つより、部品で在庫を持つ方がフレキシブルで、共通設計やモジュール設計の手法で部品・材料を共通化できればなおさら効果があります。しかし、製造リードタイムがかかるため、顧客へ即納というわけにはいきません。

上記の通り、顧客への高いサービスを維持しつつ、健全なキャッシュフローも維持したいという2つの目的は、トレードオフの関係で両立させることが非常に難しい問題です。お客様のサービスを損なうと、調達や製造は顧客サービスのために在庫を多く持つ傾向にあり、経営層、特に財務責任者は棚卸を減らすよう働きかけることで、在庫削減の力が働きます。

そこで、部品・材料別の納入リードタイムや部品・材料の在庫量、生産情報、中間仕掛品の在庫量、完成品倉庫のキャパシティなど、サプライチェーンのモデルがデジタル化されていれば、それはまさにサプライチェーンのデジタルツインになります。すなわち、そのデジタルツインをシミュレーションモデルとして活用すれば、顧客満足度を維持したまま、部品レベルや中間仕掛、完成品といった在庫ポイントそれぞれの適正量が計算できます。もちろん想定値や顧客満足度も2日以内にお届けできる確率が98%以下といった確率で表現されるのですが、人が意思を入れるよりは納得感のある結果になると私は思います。

IoTによるデジタルツインで劇的に変わるシミュレーション活用

ここまでの事例は、従来から活用されてきたシミュレーション技術の紹介を切り口に説明してきましたが、IIoT(インダストリアルIoT)が普及しつつある時代は何が違うのでしょうか。IoTの特徴の一つは、リアルタイムに情報が取得できるということです。また、ビッグデータの分析や計算の処理速度が速くなるなど、データ活用の幅が広がったということがあります。
従来のシミュレーションでは時間の制約に勝てないケースが多々ありましたが、今はその課題もクリアになり、リアルタイムで取得したたくさんの情報を元にデジタルツインの精度を高めつつ、リアルタイムでシミュレーションも可能になってきたのです。急に受注した場合のデマンド情報の変更や、部品の納入や設備のトラブルなどサプライの情報変更に対して、リアルタイムにアクションを促す仕組みが構築できるのが特徴といえるでしょう。

デジタルツイン構築における注意点

デジタルツインはデジタルの双子という意味ですから「瓜二つであるべき」と思うかもしれませんが、決してそうではありません。あくまでも「データ活用」ですので、活用されない情報は取得・保管する必要はありません。やみくもにデータを取得することはリソースの無駄使いになってしまう可能性が高いことを念頭に、デジタルツインを構築することをお勧めします。
 一方、想定しなかったデータ同士に相関があり、いままで見つけられなかった結果を得られるのもIoTです。あまり必要最小限にとらわれることなく、仮説をたてた上で容易に取得できるデータを取ってみることも重要です。そのあたりは、デジタルではなく人間のアナログな感覚が功を奏する場面なのかもしれません。
目的に応じたデータ取得、モデリングは今後非常に貴重なノウハウになるでしょう。このあたりが取り組んできた事業会社や導入を支援した会社の差別化要素になると考えられます。

AI技術によりさらに加速するデジタルツイン

コンピュータの処理速度の進歩について既に述べましたが、最後にもう一つ。AI技術の進歩によりさらにシミュレーション技術がデジタルツイン上で効果を発揮することは間違いないと私は考えています。多くのデータを教師データとして活用することで、需要の予測、設備の故障予知、在庫の予測など、今まで人が注意して管理していたことが、AIによりマネジメントに近い判断材料を提供してくれることでしょう。シミュレーションで使用するパラメータも、お勧めの値をAIが提供してくれれば、さらに短期間で高精度な結果が得られます。30年前からこれらの技術に携わっている者としては楽しみな時代になってきました。

ライターK.S氏

早稲田大学理工学部卒業後、エレクトロニクス業界の企業に入社し、生産技術部門勤務。
売上数千億円規模のデジタルプロダクト事業にて、SCM導入とマスカスタマイゼーションを効率的に実現するPLMの活用を牽引した実績も有り。 現在は製造業界の企業のCDOとして、IoTや全社デジタル化を推進中。

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