医療スペシャリストが語るアフターコロナの変化

経営全般・事業承継

2020年05月20日(水)掲載

はじめに

今回の新型コロナウイルス感染拡大時において、現場の皆様がいなければ、社会活動そのものが成り立たないことを改めてしっかりと心に刻むべきであろうと思います。また、不幸にして新型コロナウイルス感染でお亡くなりになった方々、ご遺族の皆様に哀悼の意を表します。

世界の防疫戦略

大きな経済的犠牲の上での全国民の自粛努力により、現段階においてはという但し書きは付きますが、コロナウイルス感染による死者数を最小化し、感染拡大は諸外国と比較して比較的穏やかな状況です。大変素晴らしいことです。この勢いで、第3波、第4波への備えを今のうちにしっかりと行っておきたいものです。そのためには、今回の緊急事態宣言下のような経済活動を犠牲にすることなく、正面からウイルスに立ち向かえる社会構造改革や新しい防疫戦略が必要です。
今回の世界的な新型コロナウイルス感染との闘いは、人類とウイルスとの世界大戦です。そして、この闘いを通じて、後の世界での防疫体系の世界標準が確立していきます。それは21世紀の技術と知見から成り立つべきものです。これらの様々な技術や知見は、やがて一般の社会生活にフィードバックされます。このような場面で、モノづくり日本が、後の世界を技術、製品、サービスで牽引できるか否か、それはまさに今の段階での我が国の振る舞いひとつにかかっていると感じますが、どうも世界的にみて大変影が薄いところが気になります。

我が国の防疫戦略上の盲点

大いに気になることとして、感染者数において、感染が広がる欧米諸国と比較して桁違いに少ない段階で、一部の都市圏の医療が逼迫(ひっぱく)するということは大変憂慮すべき事態です。今の日本の感染拡大に対する備えはお世辞にも優れているとは言えませんが、世界最高水準の日本の技術やサービス力でもう少しできることはないのかという思いもあります。
一部の国では、この戦いに21世紀の画期的な技術を迅速に、かつ豊富に投入し、その有用性を試しています。やがて、ここで試された画期的な技術のいくつかが世界を動かす原動力になるはずです。戦争とは技術の飛躍を促すものであることは、それこそ過去の世界大戦で経験済みです。
今後に備えるためにも、これまでの医療行政の反省も大事です。現在の我が国では、戦略物資である医療資材は80%程度を輸入に依存し、高齢化と医療費削減により急性期病床削減の方向性が明確になっています。 しかし、医療人材育成も需要に追いついていない状況で、医療従事者の献身に甘えていたようです。平時でもドクターや看護師の皆さまが自己犠牲の精神でお仕事をしているのが今の日本です。
同時に、民度が高いと自負しているはずのこの国において、有事に医療従事者に対する誹謗中傷など断じてあってはならないことです。いざ、自分が命の危機に瀕した時に助けてくれる人は医療従事者の皆さまです。そのことを絶対に忘れてはいけないと思います。

先端技術応用の可能性

さて、この国での情報技術の活用は道半ばです。先進国では珍しく、全国レベルでの義務教育でのオンライン授業ができていない状況が大半です。世界に誇るクラスター追跡は人海戦術です。遠隔医療については、その仕組みは大分昔にできていたにもかかわらず、本格的に運用されていませんでした。いよいよ院内感染が顕在化するまで手が打てなかったのです。すでに世の中は21世紀を迎えています。そろそろ「何でも人の努力と精神力」という姿勢は終わりにしたいものであると私は考えています。

例えば、5Gという画期的な通信技術は、緊急時にこそ威力を発揮するものです。5Gは通信遅延が大幅に改善されていますが、その特性を利用し、リアルタイムで触覚が鮮明に伝達できれば、高度な遠隔治療が可能になります。これからの医療は非接触が重要なキーワードです。医療の世界では、迅速、非(低)侵襲は以前からのトレンドでしたが、これに非接触というキーワードが加わるはずです。これはすなわち、ICTやAIの出番であることを意味しますし、非接触で物事をセンシングする、エネルギーのやりとりをする、高感度かつ精密に計測するという技術が重要になります。

また、医療現場において本格的なロボットの活用も考える時期です。すでに他国では配膳や院内清掃ロボットが実用化しています。日本のロボット技術は世界有数ですが、応用分野を探すことはあまり上手ではないように見受けられます。ニーズが顕在化している領域が可視化されているわけですから、もう一段の事業化への動きがあってもよいはずです。
私の本業のクライアントには情報技術企業が多いのですが、ここは「皆さまの出番ですよ」と申し上げたいです。情報技術企業は産業のハブになれる可能性があるということが、今回の事象で明確になったはずです。

ポストコロナの世界では、ありとあらゆるところで動線管理が重要になります。元々、製造現場での動線管理は事故防止と業務効率化のためですが、今回は健康管理の面でも重要になります。このような動線管理の高度化にAIとセンサーをいかすなら、今しかないと私は考えております。小売店やショッピングモール、いや街全体での動線管理も重要になります。もちろん、動線管理情報からマーケティングデータも取得できますから、一回で何度もおいしい話になることでしょう。

また、接触感染を100%避ける意味では、家の中で自動ドアもありでしょう。自動化できない場合でも、ドアノブの形状を変える時かもしれません。手の洗い方やトイレの流し方ひとつが、今までとは違うのです。更に言えば、ウイルスを追い出す換気システムも工夫の余地ありです。ポストコロナ時代とは、実は新しいビジネスチャンスが多く転がっている世界でもあります。

新しい産業革命とビジネスモデルの変化

ビジネス界は新型コロナウイルスとは共存する方向で長期戦を覚悟すべきです。今後、人類と共生する存在になることは多くの識者が指摘することです。それでは、新型コロナウイルスとの長期戦が終わって「前の時代」に完全に戻るかといえば、その考えは楽観的であると思います。既に世界の価値観が大きく変容しつつあります。今こそ各産業セクターは、命を守るために今できることに、また、未来社会に貢献できることを迅速に把握し行動すべき時です。
そこで、「ポストコロナの世界」について、キーワードを交えて考えてみたいと思います。

■ビジネスモデルの変化
1 .サブスクリプション(以下、サブスク)とシェア:消毒コストすら満足に出ない薄利、低付加価値のシェアエコノミーモデルは早期に終わりを告げるでしょう。一方で、付加価値の高いサブスクはこれから爆発的に広がるでしょう。ウェブ会議アプリケーション、クラウドストレージなどは既にサブスクです。つまり、情報はサブスク製品でしっかりとシェアするが、基本的なインフラはサブスクで成立するということです。シェアされる情報と価値が束ねられると大きな変革の力になります。そこを仕掛けるアプリやサービスは今でもありますが、もう少し使い勝手が良くて、製造業向けが容易に活用可能なソリューション自動生成サービスがあってもよいでしょう。

2. 対面ビジネス:「人と面談しないと営業できない」という姿は変えるべきですが、日本ではいきなりの改革は難しいでしょう。我が国は国土が狭いため対面での面談コストが低いのです。だからこそ、改めて対面ビジネスの価値を上げる施策が重要になるでしょう。ここにもビジネスチャンスがあると思います。

■技術応用
1. 情報技術・遠隔・非接触:新型コロナウイルスが仕掛けてきた人類史上最悪のステルス戦(このウイルスは症状がない状態の宿主からも感染させる)に対する基本姿勢は、物理的に人と接触しないことに尽きます。どこまでのことをリモートで実現できるか、画期的なリモートソリューションを出した企業が一人勝ちすると私は考えています。非接触の健康管理、非接触での営業など様々なシーンで非接触手段が提案されると思います。

2. 仮想(現実):工場や研究所、ライン業務も仮想現実で精密なシミュレーションをしながら、大勢の人が密にかかわらなくとも、現場仕事がある程度の水準で遂行できるような仕掛けがあってもよいでしょう。仮想現実技術とリモート技術を重ねることで製造現場でも相当なことができるはずです。そして、AI(人工知能)をうまく利用すれば、AIと人の共同イノベーションが起こせるかもしれません。

3. AI(人工知能):近い将来、人類が新型コロナウイルスと共生を果たした後も、また新たな感染脅威が現実化するはずです。人類の歴史は感染症との戦いの歴史でもあります。人から命の危険を遠ざけるためにはAIの力で命が消耗しない仕組みを構築することが重要です。リモートとリアルの混在環境で、今まで以上に業務を効率化するかについて考える手段の主役はAIでしょう。

4. センシングとオンライン:これを機会に、医療は本格的にオンライン化すべきであると私は考えております。これからの時代、遅々として進まない「診療受付から電子カルテ発行、治療薬の処方やデリバリー」までのフルオンライン医療を構築することが求められるでしょう。日常的な健康管理や相談もセンシングとオンラインでより高精度、かつ機動的な医療体制を構築すべきでしょう。テレワークが当たり前になっていく予感もします(しかし、テレワークは、仕事に貢献している人とそうでない人を残酷なまでに可視化してしまいます。また、都心の一等地にある立派な事務所の意味がなくなるような予感もします)。

5 .予測技術:日本人がもっとも苦手な学術分野が統計学でしょう。今回はその壁を専門家委員会の西浦教授が破ろうとしています。統計学を利用した予測技術を企業活動にフルに使うだけでも、全く別の世界が拓けるのではないでしょうか。経営陣にデータサイエンスに長ける有能な人材を配置すべきです。身近に適材がいなければAIの知恵を借りればよいのです。その知恵の源泉すらサブスクです。

■文化や習慣、価値観の変化
1. 出前(デリバリー)とテイクアウト:物流が止まる恐怖感を実感できる昨今ですが、でかけていく手間があれば、出前の方が安全確実です。今更ながら、日本が世界に誇る出前文化を再起動させるべきです。日本が得意とする機能ロボットでデリバリーという発想も有効でしょう。この延長線上に非接触文化が花開くことになるはずです。

2. エッセンシャルワーカー:現場仕事の価値の再認識が必要です。現場の成り手不足は自動化という代替手段の活用となりますが、自動化不可のところは人間の出番です。現場で活躍する人がいなければ、安寧な時を過ごすことは一秒たりともできないということが分かった今回の事象です。

3. セキュリティーと防護:新型コロナウイルスの影響により、いかに守りが大事なことかを実感したでしょう。単に医療や情報技術の世界だけの問題ではありません。あらゆる現場で命の防護を考え直すべきであり、ここに大きなビジネスチャンスもありますし、イノベーションも起きるべきです。AIによる安全動線管理が現場で組み込まれるべきでしょう。同時に作業の効率化にも直結します。

4. 国産・備蓄・囲い込み:戦略物資はたとえ高コストであろうとも、材料調達から最終製品生産まで100%国産にするべきであると私は考えております。とても先進国とは思えない医療資材不足を嘆くことは今回限りにしたいものです。グローバルサプライチェーンは平時の幻想に過ぎません。これからは囲い込みと備蓄の時代です。有事において、戦略物資を人類愛の力で平等にシェアすることなどありえません。そこまで人類は賢くはないでしょう。平時と有事では目の前の世界が変わるので、何事も2つの場面を考慮した備えが必要です。やがて大きな課題として顕在化する食糧戦略についても、緊急時の代替食糧を早急に考えるべきです。

5. 消える印鑑(ハンコ)文化:日本のビジネスの効率が悪い原因の一つに、印鑑の存在があります。テレワーク期間中にハンコをとるためだけに出社するという冗談のような話が多いようです。印鑑文化は終わりにしたいものです。

6.ローカル:遠隔地との関係付けだけではなく、あくまでローカルなつながり、ローカルな特性で勝負し、これが特徴ある災害に強い産業クラスターとなる構造変化が起きるのではと考えます。ローカルを大事にすることで本来のグローバル視点が見えてくるでしょう。もしかすると、若い世代を中心に、皆が東京に集まる仕事のスタイルすら古いものになってしまうかもしれません。

7.優先順位:今回の事象で、いかに不要なものが多いことか、一方で今まで気が付かなかったけれども必要なものが見えてきたのではないでしょうか。いざという時に、輸入依存でマスクや消毒液がまったく手に入らないということを誰が想像したでしょうか。改めて身の回りの品物、仕事などあらゆるシーンで優先順位を付け直す必要があると思います。
新型コロナウイルスとの闘いで得た教訓をいかに進化させるかということです。急速にかつ不連続に変容する世界で一歩先んじる行動が、今こそ必要です。

いずれまた10年もたてば、我が国は新しい感染症に脅かされることでしょう。毒性の極めて強い鳥インフルエンザはまだ地球上に存在します。それ以外にも、例えばハンタウイルスのような危ない代物もいます。何しろ、インフルエンザウイルスによって毎年恐ろしい数の人々が犠牲になっています。コロナウイルスもしかりですが、インフルエンザも何とかしたいものです。私は現代科学技術を利用することでそれらのウイルスを何とかできるはずであると考えています。

将来の感染症有事の際、「あの時に日本は変わった」、「あの時、日本の英知が地球を救った」と言われるような鉄壁の備えをしつつ、地球規模で新しい時代をけん引する存在として我が国が復活して欲しいと思う次第です。

執筆者M.S氏

再生医療、創薬支援、医療機器、体外診断薬分野にて、薬事、設計開発、事業開発、臨床開発を経験。
また化学業界の大手企業にてヘルスケア事業再構築も経験。
2007年から2014年まで医薬品・医療機器業界の企業にて取締役を務める。
2014年からコンサルティング会社の代表を務める。

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